楽しいスケート遠足 ヒルダ・ファン・ストックム ふなと よし子訳 福音館書店

オランダはスケートが国技のようなお国柄。もっとも、それを教えてくれたのは、『銀のスケート』や『ピートのスケートレース』などのオランダを舞台にした物語たちでした。寒い冬に国中の運河や水路が凍りつく。そこをスケートで走り抜けるのです。200kmを滑りきる「エルフステーデントホト」というレースも行われるという、スケート王国。その冬の楽しみを、趣のある挿絵と楽しい文章で綴った、これからの季節にぴったりのお話です。

待ちに待った氷の大王がやってきて、街中が雪と氷になった朝から物語は始まります。双子のエベルトとアフケは大喜びで学校へと飛び出します。すると先生が、皆を一日がかりの日帰りスケート遠足の企画を立ててくれたのです。大喜びの二人は、張り切って遠足の準備を始めます。

私たち日本人は、設備の整ったリンクでのスケートしか知りません。でも、エベルトとアフケの挑むスケート遠足は、自然の作った道を滑るのです。でこぼこもあれば、ひび割れやこぶもある。色んなものが落ちていたりもする。そんな上を、何十キロも滑って違う街に遠足する。9歳の二人には大きな冒険なのです。私たちの世代は冬場になると必ず耐寒遠足というものに連れて行かれましたが(笑)これがまさに「耐寒」そのものでした。あちこち凍りついた山道を歩き、頂上で吹雪に見舞われながらかちかちのお弁当を食べるという、ほぼ拷問のような一日…。昔のこととて、今のような保温の水筒もありません。ダウンジャケットもなかった。吹雪の中で身を寄せあいながら、冷たい冷たいお茶を飲んで鼻水を垂らすというなんとも冴えない遠足だった…昔って、ああいう軍事教練の名残りのような行事がたくさんあったなあ(遠い目)でも、でも。この二人の体験するスケート遠足は、1934年の出版という昔なんですが、楽しさが全く違います。

まず、自然の中を走るスポーツの喜びがあります。きらきら光る運河の上を、皆で揃って走っていく。表紙の絵に描かれているように、女の子たちは先生がポールで引っ張ってくれるのです。その女の子たちの衣装の可愛いこと!真っ白な雪に映えるその光景がいいですよねえ。そして、何と凍りついた運河の途中には、美味しい熱いココアや焼き立てのお菓子を売るお店まであって、そこでスケートを履いたまま休むことも出来るのです。老若男女が皆スケーターであるオランダならではの楽しみです。もう何十年もスケート靴はいてませんから、きっと滑れないでしょうけど、ちょっとやってみたくなるじゃありませんか!こういう、伝統に根ざした楽しみって、心が豊かになりますよね。まず、風景が美しい。それに比べて道頓堀川にプール作るとかいうアホなこと言うてる人たちがおりますが、もう、想像しただけでげんなりする光景です。誰が泳ぐねん、あんなとこで。もうちょっと美的なことを考えられへんのかいな。・・・おっと、脇道にそれてしまいました。反省、反省。

先生とエベルトたち一行の一日は、いろんなアクシデントに襲われます。何しろいたずら盛りの男の子たちに、若くて元気な男の先生という布陣ですから(笑)エベルトが氷の割れ目におっこちるやら、助けて貰った農家で美味しそうなあっつあつの雪パンケーキを御馳走になるやら。(この農家の豊かな包容力は『第八森の子どもたち』を思い出させます)たどり着いた街で、他の学校の子たちと雪合戦になるやら。極めつけは教会での男子行方不明事件という盛りだくさんの一日の中で、子どもたちの気持ちが、生き生きと動いていくのが暖かい筆致で描かれます。シモンという内気な少年が、この一日の中で別の顔を見せて、男の子たちの友情を勝ち取るというのが、この物語の芯の一つ。自分が行動することによって、仲間を作ることができたシモンの誇らしい気持ちが伝わってきます。このスケート遠足のありようや友情の描かれ方に、子どもという存在に対する信頼と自発性の尊重を感じるんですよね。お膳立てされたプログラムをこなすのではなく、自分の力で問題を乗り越えていくことを尊重する姿勢があります。もちろん、それは見守る大人のしっかりした眼差しがあってのこと。その眼差しをこの本に感じました。子どもたちは、一日の冒険を終えて家路につきます。くたくたの体でたどりついた家にある、笑顔と暖かいご飯。この帰宅のシーンがとても良いんです。幸せそのものだなあと思います。ベッドにもぐりこむ安らぎの中で、子どもたちの冒険は生きた喜びとなるんですよね。どこに行っても、冒険しても、「ただいま」と帰ってくる場所がある。本を閉じて、面白かったなあと帰ってこれる。この「帰ってくる」という安らぎも、また子どもの本の良さだと思います。この子どもたちのように、皆に生きる喜びを味わって欲しいなと心から思います。この本は、1935年のニューベリー賞を受賞しています。画家でもある作者の美しい挿絵も堪能できる、楽しい本。この本を発見して翻訳し、紹介されたふなとよし子さんの後書きが印象的でした。思いのこもった暖かい一冊でした。

2009年10月発行

福音館書店

by ERI