夜の写本師 乾石智子 東京創元社

ファンタジーの面白い作品に出合うと、ほんとに嬉しい。子どもの頃のように、ご飯を食べるのもうっとうしくなるぐらい熱中するのが読書の一番の醍醐味です。本の中の世界に飛んでいって、はまり込みすぎて、帰られへんねんけど!みたいな(笑)その中でもファンタジーって、一番遠くに飛んでいけるジャンルです。特にハイ・ファンタジーと呼ばれる、世界観から細かい設定まですべて作り上げるファンタジーは、はまるとほんとに異次元に飛んでいける快感があります。偉大なトールキンの『指輪物語』はもちろんのこと、ル=グウィンの『ゲド戦記』やルイスの『ナルニア国物語』のシリーズなんかが一番の有名どころですが、どうもこのファンタジーという分野においては、特に欧米のものは最近粗製乱造の気配があって、げんなりしてしまうことが多々あるんですよね。・・・そう、CGで作ればファンタジーでしょ、みたいな認識のハリウッド映画みたいな作品が多すぎる。(おお、偉そうな発言・・・)少々行き詰まり感があるんですよね。キリスト教史観の縛りって、結構強いものがあるのかもとも思いますが。

その点、上橋菜穂子さんの『守り人』のシリーズや、小野不由美さんの『十二国記』のシリーズなどは、民俗学的な視点を得た、新しいファンタジーの可能性を切り開いておられると思うのです。(そう言えば、ル=グウィンも民俗学者の両親をお持ちですよね)菅野雪虫さんの『天山の巫女ソニン』や、濱野京子さんも、意欲的な作品を次々と刊行なさっています。日本のファンタジーは、いいぞ!というのがこのところの実感なのです・・・って、なんでこんなに前置きが長くなるんだろう(汗)で、要は、この『夜の写本師』は、いいぞ!ということが言いたいわけです。

右手に月石、左手に黒曜石、口のなかに真珠と、三つの品を持って生れてきた少年・カリュドウ。女魔道師であるエイリャに育てられた彼は、才能の豊かな少年だった。しかし、ある日、エイリャと幼馴染の少女フィンは、当代随一の大魔道師・アンジストに惨殺されてしまう。その光景を目の当たりにしたカリュドウは、全身を憤怒の炎に焼かれ、復讐を誓う・・・。

ガンディール呪法、ウィダチスの魔法、ギデスディンの魔法、と細かく体系づけられた魔法の数々を横糸に、アンジストと彼に殺された3人の魔女の運命が紡がれ、カリュドウの運命と繋がっていく。カリュドウの物語の間に過去の魔女たちの物語が挟まって、とても複雑な構成になっているにも関わらず、読み手を混乱させずに物語に引き込んでいく力があります。魔術に対して、「写本」という行為、言葉が持つ力を根幹にした営みを配したことも面白い。本というものに年がら年中取り憑かれている本読みにとって、これほど実感できる力は無いと思われます。

そして、これはファンタジーのみならず全ての文学に言えることなのかもしれませんが、人間の暗黒面、呪いや恨みや憎しみというものを見据えて掘り下げていく意思があることもこのファンタジーに深みを与えています。これは、何百年も続く恨みと復讐の螺旋が、膨大な命を飲み込んでいく物語です。でも、長い長い戦いの原点は、ある一人の男の愛の欠落から始まるのです。一人の男の負のエネルギーがどれだけの人を巻き込んで翻弄していくのか・・・その大きさをこの本は物語ります。先日もグアムで恐ろしい事件がありました。たった一人の男が自分の満たされない思いで振り回した刃物が、他人の大切な命を奪ったとき、どれだけの悲しみと苦しみを生み出すことか。しかも、それは、他人事ではなく、いつ、だれの身に起こるかしれないことです。明日、私の身にも降りかかるかもしれない。また、誰かを深く傷つけてしまうかもしれない。人は常にそういう存在なのです。私たちは間違いを犯す。間違いを犯すまいとして、また新たな過ちに陥ったりもする。この本からは、その人間を見据えて描き切る覚悟というか、強い意志を感じるのです。魔術という人智を超えた理不尽な力に、「写本」という徹底的に磨き上げた美意識の手仕事で対抗していく。そこに、人が限界の中で、必死にそこを超えてゆかんとする可能性を感じるのが、心惹かれるところです。そして、この復讐の結末が、またいいんですよ。ネタばれになるから書きませんが、一言だけ。・・・『愛』なんですね。いやあ、照れます・・・って、あんたが照れてどうするって感じですが、そう、『愛』なんです。そこが、またいい。優れたファンタジーは人生を語ります。私たちが忘れてしまった生き物としての根源的な力や暗黒の暗闇、それを凌駕する命の輝き、つまり魂の記憶を呼び覚ますような力があると思うのです。苦しみに満ちた復讐の物語ですが、最後の最後に呼び覚まされた記憶に、全てが浄化されていくようなカタルシスを感じました。

解説の井辻朱美さんもおっしゃるように、この物語にはゲド戦記は言わずもがなですが、『蟲師』や『百鬼夜行抄』、『夏目友人帳』といった日本の大好きな漫画の影響もそこはかとなく感じられて、漫画フリークとしても心ざわめく楽しさがありますね。漫画は、この国にだけ繁栄している独特の豊穣な文化だと思います。これから、その文化を土台にした新しい文学が生まれるかも・・・なんて思うのも楽しい。このシリーズにはあと2冊、『魔導師の月』と『太陽の石』があるんですよね。楽しみです。

2011年4月刊行

東京創元社

 

 

 

 

長い道 宮崎かづゑ みすず書房

昨年見た辰巳芳子さんのドキュメンタリー『天のしずく』で、この本の著者である宮崎かづゑさんのことを知った。宮崎さんは、10歳のときに国立ハンセン病療養所長島愛生園に入園され、それ以後の人生をずっと園内で過ごしてこられた方だ。宮崎さんは、病で倒れたお友達のために、毎日辰巳さんのポタージュスープを作って届けた。そのお礼の手紙を辰巳さんに出したことが縁となり、辰巳さんが宮崎さんを訪ねられたのだ。映画の中での宮崎さんの言葉は、とても強く心に残った。「人間は生きているべきですねえ。私、5、6年前でしょうか、ここまで生きてこなくてはわからないことがあったと思うことがあります」その言葉に頷きあう宮崎さんと辰巳さんを見て、私は「ああ、まだまだだな」と思ったのである。清々しく完敗したと言ったら語弊があるだろうか。少々人生にお疲れ気味だなと思っていたのだが、まだまだ自分が若輩者であることを先輩方に優しく厳しく諭されたようないい気持であった。

繰り返すが、かづゑさんは10歳で園に入られた。そのとき、故郷を失ったのである。私は桜井哲夫さんという、やはりハンセン病の方の詩が好きで関連本を何冊か読んだのだが、その昔「らい」と呼ばれ、人から恐れられたハンセン病にかかって故郷を離れることは、もう二度と帰らぬことと同義であった。かづゑさんのこの本にも、近所の人たちがかづゑさんの実家と同じ井戸を使わなくなったことが、彼女に園に入る決意をさせたことが書かれている。(宮崎さんは、その人たちが遠くまで水汲みをしに行くのが辛いと思われたのだ)この本の冒頭には、幼いころを過ごした故郷のことがとても細やかに描かれている。ほぼ自給自足の農家の生活。こまごまとお漬物や味噌を作り、家族に食べさせる祖母の手。季節の行事や、田んぼの仕事。生き生きと語られるその日々の、なんと色鮮やかなことか。体の弱いかづゑさんを、家族が愛して慈しんでいたことが切ないほど伝わってくる。そして、その思い出を、かづゑさんが宝物のように大切に大切に胸の中で育んで生きてこられたことが、こちらにも温かい雫のように沁み渡るのだ。まさに、天のしずく。さっき私は「故郷を失った」と書いたが、人は本当に愛するものを失ったりはしないのかもしれないとも思う。そう思わせるほどかづゑさんの思いは深い。愛情が深い人なのだと思う。

故郷から離れ、園に入ってからの生活は、戦争とも重なって苦難の連続だ。人間関係に苦しんだり、片方の足を切断しなければならなかったり、たび重なる痛みに苦しめられたりしながら、それでもかづゑさんは結婚し、夫のために料理をし、ミシンで様々なものを手作りし、日々の暮らしに心をこめて生きていく。私は知らなかったのだが、家事仕事をすることは、手の指を失うことなのだ。病気の後遺症で抵抗力が弱くなっているので、水仕事で傷が出来ると、段々手指に血流がいかなくなるという。かづゑさんも両手の指がない。でも、その手で親友のために、非常に手間のかかる辰巳芳子さんのスープを毎日手作りして持っていく。何の理屈も欲得もない無償の行為が、何の計算もなくある。その尊さが、穏やかな海のように輝いて私たちを照らしてくれる。

トヨちゃんは、幼いころから体は病に攻めつづけられたけれど、まるでその苦しみが彼女の心をざぶざぶと洗い流していたかのように、魂に磨きがかかり、美しい光を放ち、そしてその光は歳をとるごとに輝きを増していったと私は思う―・・・

これは、かづゑさんが親友のトヨさんのことを語った文章なのだけれど、そのままかづゑさんのことを表す文章ではないかと思う。そして、この言葉からもわかるように、かづゑさんは、とてもまっすぐな力のある文章を綴られるのだ。かづゑさんは、無類の本好き。趣味などという軽いものではなく、本は親友だとおっしゃる。どんなに苦しいときも、本を読む心の自由が自分を支えてくれたと。そう、そうですよね!と、私は嬉しくなってしまった。モンテ・クリスト伯、赤毛のアンのシリーズ・・・むさぼるように本を読む幸せ。まったく違う世界に飛んでいく時のときめき。

「行きづまっているとき心が自由だったのは、本の中の地中海があったから」

物語の力って、これですよね。この心の自由は、何物にも代えがたい喜び。多分、目だってあまりご丈夫ではなかったろうけれど、本を手放せなかったかづゑさんの気持ちは、同じ本読みとしてとてもよくわかる。そして、だからこそ、私も、年齢を重ねたときに、かづゑさんのように己の人生をありのままに「よかった」と思える日がくるように。心こめて生きていかねばなあと思う・・・思いながら、今日も背中がちょっと痛いだけでへたりこんでいた、どうしようもない私ではあるけれど。「もう人間はやめようね」と、かづゑさんは親友に呼び掛ける。その言葉が感じさせる背負ってきたものの重みと、かづゑさんが与えられ、与えてきた愛情の重みの両方を、深く感じる一冊だった。この本を書くきっかけになった辰巳芳子さんとの出会いも、その愛情が手繰り寄せた縁なのだろう。そして、その愛情はまったく見知らぬ私の胸の中をも照らしてくださったのだ。辰巳芳子さんは、かづゑさんの文章のことを「あの文章を読んだ人は、命とは何かということを見出して、感じて、そのあとでほんとうの意味の解放感を味わうと思う」とおっしゃっていた。まことに、その通りだ。この一冊を世の中に届けてくださったことに、心から感謝したいと思う。

2012年7月

みすず書房

 

映画 『故郷よ Land of oblivion』 ミハル・ボガニム監督 

先週の木曜日に、この映画を見てきました。チェルノブイリの原発事故によって故郷を失った人たちの物語です。舞台は、チェルノブイリからわずか3kmの町・プリピャチ。冒頭には、事故寸前ののどかな町の様子が描かれます。きらめく川の流れが幸せな恋人たちを運び、緑豊かな自然の中で人々が笑う。父と息子がリンゴの木を植え、牛がゆっくりと歩いていく・・・光が溢れて穏やかで、見ているだけで涙がこぼれそうなほど綺麗な、町というよりは村の風景です。ボートに乗っているカップルの女性は、この物語の主人公の一人、アーニャ。彼女の結婚式を明日に控えた春の夜に、原発は事故を起こしてしまうのです。アーニャを、『薬指の標本』で見たことのある、オルガ・キュリレンコが演じているのですが、監督は当初彼女が美人すぎるのでこの映画での起用をためらっていたらしいのです。でも、この冒頭の、ボッティチェリが描く春の女神そのもののような彼女の輝きは、あの風景にとても似合っていました。明日結婚しようとしていた彼女の中に満ち溢れていたのは、これから生まれてくるだろう子どもも含めての、未来へのエネルギーであり、豊穣の予感だったのです。そして、その輝きが美しければ美しいほど、失われたものの大きさと取り返しのつかなさが色濃く胸に落ちます。この映画にどうしても出たかったというキュリレンコの思いが伝わってくる演技でした。

映画は淡々と事故当日の人々を追っていきます。まったく情報がなく、何が起こったのか誰も知らずにいる人たちの上を、放射能を含んだ雨が何度も何度も通り過ぎていきます。結婚式の真っ白なケーキを黒い雨が汚し、子どもたちはその雨の中で遊んでいるんです。映画の中の人々に向かって「逃げて」と思わず心の中で叫んでしまう。二度と帰れないと知らないまま強制避難させられてしまう人たち。耕してきた土地も牛も奪われてしまった農家のお年寄りの顔。いきなり愛する人を失って茫然とするアーニャ。3.11と結びついていく光景です。この映画が撮影されたのは、3.11の前なんですが、見事に符号にようにすべてが重なっていくのが、怖いようでした。こんなに同じことが起きていたのに、私たちは何も学ばなかった。対岸の火事だと思っていた。そのことを痛感しました。前半の、事故当時の混乱の様子を見ながら、思わず全身に力が入り、こわばってしまう。その臨場感は半端ないものでした。

10年後、アーニャはプリピャチの町で、「チェルノブイリ・ツアー」のガイドとして働き続けます。この映画は、初めて立入制限区域で撮影された映画で、誰もいなくなってしまった町の風景が延々と続きます。後半は、アーニャと、リンゴの木を川岸に植えた少年・ヴァレリーとその父親である技師のアレクセイの10年後が描かれます。3人が3人とも、故郷と大切な人を失った喪失感の中で暮らしている。アレクセイは、事故のあと精神を病んだまま、ずっとプリピャチ行きの列車を探して放浪します。もう、プリピャチという名前の駅はこの世には存在しないのに・・・。彼の息子のヴァレリーは、いなくなった父の痕跡を求めてプリピャチに潜入します。でも、そこには何も残ってはいなかった。アーニャは恋人が出来ても、どうしても新しい生活に踏み出すことが出来ない。その彼らの物語も胸に染みましたが、何より説得力があったのは、プリピャチの空っぽの風景でした。暮らしも笑い声も失われたその風景は、今、日本のあの場所にも広がっている、そう思わずにはいられない。チェルノブイリの事故の際に、アーニャの夫のように事故処理などのために亡くなってしまった方は4千人にも及びます。しかも、石棺はすぐに老朽化し始めて常に補強しなくてはいけない。その作業は、これから数千年も続くのです。そして、立入制限区域は、私たちには永遠と思える時間が経っても人が住めるようにはならない。永遠に空っぽのままである風景が、ずっと乾いた涙を流し続けているように見えました。町も風景も生き物なのだと。その命を奪ってしまうことの残酷さを町自身が物語る、そんな映画でした。

 

 

 

 

 

 

鳥越信先生と国際児童文学館

鳥越信先生が亡くなられた。ご冥福を心からお祈り申し上げたいと思う。晩年になって、心血を注がれた、万博公園の中にあった国際児童文学館があのような形でつぶされてしまったことで、どんな思いをされたかと想像すると、心が痛んで仕方ない。

文化や芸術というものは、成長し、実りをもたらすのに長い時間がかかる。しかし、今はとにかく費用対効果、短いスパンで目に見える・・つまり、お金となって返ってくることは大切にされるが、目に見えないもの、数値化できないものに関してはとにかく切り捨てられることが多い。まるで役立たずの、金食い虫と言わんばかりである。特に児童文学という地味な世間でスポットライトの当たらない分野は、興味のない人にとっては無駄にしか思えないものなのだろう。大阪は一番文化や芸術に縁のない、興味のない人を長に据えてしまった。それゆえに、鳥越先生が膨大な資料を寄付された、児童文学研究の礎となるべき場所を失ってしまったのだ。そして、私の卒業した大阪女子大学も大阪府立大学に統合されてしまい、今や文学部は影も形もない。大阪市立大学とも統合されるらしいが、この流れでは文系の学部は大きく減らされ、何を勉強するのかわからない名前の学部ばかりになってしまいそうな流れだなと思う。

しかし、これでいいのだろうか。文学や哲学というのは、すべての学問を貫く背骨のようなものだと思うのは、私だけだろうか。私たちは何処からやってきて、どこに行くのか。幸せとはなにか。生きるということはどういうことか。生きる意味とはなにか。人間の存在とは如何なるものであるのか。答えの無い問いを、さぐり続けて私たちは生きている。科学や技術も、その問いから離れて発展してきたわけではない。また、複雑化し、専門化するに従って、ますます根源的なその問いは大切なものになると思う。フクシマでの手痛い教訓は、私たちに科学技術を不完全な人間という存在が操ることの怖さを教えてくれたではないか。その人間について、とことん考え抜く学問が、大学のどこにもない。これほど不思議なことは、あるだろうか。こんな風に思うのは、私が古い人間だからだろうか?
そして、子どもの文学は、未来を作っていく子どもの心を育むもの。子どもが生まれて初めて出会う、新しい世界を開く目であり、耳であり、やわらかい心に播かれる種なのだ。深く根を下ろし、血肉となる、目に見えない大切なもの。星の王子さまが言うように、「肝心なことは眼に見えない」。見えないものに触れる一瞬が、文学だ。このとりとめのない不安だらけの世界に自分の心を迎え入れてくれる場所があることを知り、共感し、他者と心を分け合うことを知る。想像すること、この体だけに囚われぬ心の自由を持つこと。その心のありようの上に、よりよく生きようとする向日性が生まれるのではないのだろうか。その児童文学について、常に研究し、資料を蓄え、発信し続ける機関があるということは、とても大切なことなのだ。議論され、語られ、活性化することなしには、学問は命を失ってしまうから。児童文学の様々な作品が多角的に取り上げられ、議論され、評価されることが、新しい児童文学へと繋がっていく糧になるはず。そこをないがしろにして、なんの教育改革だと私は思う。

鳥越先生が亡くなられたことを知り、常日頃思っていることが何やら噴出してしまった。こんな偉そうなことを語る資格は、何の肩書きも持たない私にはないのかもしれないけれど。何の肩書きも持たぬ私だから、言えることもあるかもしれないとも思ったりする。積み上げるのに何十年かかっても、つぶすのは一瞬だ。でも、つぶしてしまったものは、もう取り返しがつかなくなる。私たちは、もう少し長い目で、広い視野で、文化や芸術を考えていく必要があるのではないだろうか。心の財産を食いつぶしてしまうところに、真の発展はないと思う。

 

灰色の地平線のかなたに ルータ・セペティス 野沢佳織訳 岩波書店

梨木香歩さんの『エストニア紀行』に、ソ連が行った強制連行のことが書かれていたけれど、この本はそのエストニアと同じバルト三国の中の一つ、リトアニアの少女がソ連の収容所に強制連行されてしまう物語だ。読むのが辛い物語ではあるのだけれど、これは自分と関係ない国の過去の物語ではない。極限の状況の中で最後まで愛情を失わずにいいた家族がたどった道のりを考えるとき、この物語は、私たちのこれからを考える物語として「今」に繋がるのだと思う。

大学教授の父と美貌で優しい母、可愛い弟のいる15歳の少女リアは、家庭にも絵の才能に恵まれて何不足ない生活を送っていた。ところが、ある日いきなり踏み込んできたソ連の秘密警察に連行され、父親と引き離され、母と弟とともに気が遠くなるほど長く辛い貨物列車での旅の果てに強制収容所に送られてしまう。連行される直前に出産し、そのまま列車に乗せられてしまう若い母と赤ちゃんの話はとても辛い。そこで待ち構えていたのは、過酷な飢えと寒さと強制労働。このシベリアの収容所の悲惨さというのは、同じくシベリアに8年間収監されていた石原吉郎の手記にも詳しい。「そこは人間が永遠に欠落させられる、というよりは、人間が欠落そのものになって存在を強制される場所」(※)なのだ。特にリアたちがいた頃の、スターリンが死去する間際の収容所の内情というのは陰惨を極めたものだったらしい。リアたちの舐めた苦しみは、作者がシベリアからの生還者やその家族に丹念に話を聞いて書き起こしたもので、フランクルの『夜と霧』を思わせるほどに辛い。初めはとても喉を通らなかったドロドロのわけのわからぬ食べ物を、そのうち争って食べるようになる、知識階級の人たち。・・・私もきっと同じ状況なら必死で食べるようになるんだろう。でも、その度ごとに自分の中で大切にしている美しいものが死んでいくような気持ちになるに違いないと思う。それでもリアのように、彼女の母のエレーナのように誇り高く生きていられるのかと思うと、まったく自信がなくなってしまう。

そう、壊血病にかかってしまうほどの飢えの中でリアと弟のヨーナスが生き延びることが出来たのは、美しく賢い母のエレーナがいたから。彼女は愛の人で、どんなに苦しくとも少しの食べ物をみんなと分け合い、病に倒れた人を看病し、励まし続けた。しかし、鴨長明が『方丈記』の中で「思ひまさりて深きもの、必ず先だちて死しぬ」と言ったように、『夜と霧』でフランクルが「最もよき人々は帰ってこなかった」と述べたようにエレーナは子どもを二人残して死んでしまう。彼女のような精神の美しさは、虐げようとするものにとっては一番先に踏みにじるべきもので、そのためにはありとあらゆる努力が行われると言っても過言ではない。しかし、どんなに踏みつけにされ、汚されても、一番強く人々の中に生き続け、灯り続けるのもまたその美しさだと思う・・・これは綺麗ごとでなく、そう思うのだ。私はそうはなれないかもしれない。しかし、この世界にはエレーナのように美しい人はちゃんと存在する。(これはまた別のレビューに書くが、今日読んだ宮崎かづゑさんの『長い道』を読んでそれをまた確信した)そのかけがえのない美しさをこの物語の中で強く書ききったことを、私はとても大切だと思う。極限とも言える収容所生活のなかで、リナが紡ぐほのかな恋や、人々が祝うクリスマスの夜もまた、そんな美しさの一つだ。

また、リアは収容所の中の様子や苦しむ人々の姿を得意な絵で刻み続ける。命の危険と隣り合わせの行為を何度たしなめられても、それだけはやめることが出来ない。それは、家族も将来の夢もすべてを奪われたリナのたった一つの生きている証だったのだ。15歳というのは、一番お腹も空き、自意識もピリピリと過剰な時だ。誇り高く教育された少女らしい潔癖さと感受性は彼女を苦しめるけれど、それがまたリアを支えて生かしているのだとも思うのだ。そして、このリアが燃やし続ける「伝えたい」という思いと祖国への愛情は、苦しい時代を生き延びたリトアニアの人々の心のうちに燃え続けたものでもあるのだと思う。私はこの物語を読みながら、『エストニア紀行』で梨木さんが翻訳されていた、エストニアの国歌を思い出していた。リトアニアが独立を回復したのは1990年。私の感覚からいうと、ついこの間のことなのだ。この物語では、母のエレーナが死んだあとの物語は語られない。リアとヨーナスはリトアニアに13年後に帰還したらしいが、その後の物語も語られない。しかし、きっと「その後」の物語は今も続いているのだと思う。シベリアにいた石原吉郎は、帰国後にまた一段と辛い苦しみに陥った。辛酸を舐めて帰国した祖国は、彼にとって優しい場所ではなかったのだ。作者のあとがきによると、やはりシベリアからの帰還者には、帰国後も様々な困難が待ち構えていたらしい。このリアたちのような帰還者の言葉がこれからどのように掘り起こされるのかを考えたとき、次世代へのメッセージとしてこの物語が書かれたことは、出発点としてとても大切なことだ。そして、リアの一家が収容所に送られたのは、親戚の一家がドイツに脱出するのを手伝ったためだった。同じように生き延びた人たちは、自分たちの代わりに収容所に送られた人たちのことをどんな風に思いながら過ごしていたことだろう。そう考えると、「生き延びてしまった人たちの苦しみ」も、また今に続いているのではないだろうか。作者であるセペティスさんの父親は、リトアニアからドイツに脱出した人であったらしい。その家族の歴史を思うとき、この物語は、作者自身にとっても書かねばならない一冊であったことだろう。それだけの強さと内容をもった作品だ。この本を大切に訳された野沢佳織さんにも感謝をささげたいと思う。

(※)「望郷と海」石原吉郎 みすず書房

2012年1月刊行

岩波書店

 

 

 

ふしぎな八つのおとぎばなし ジョーン・エイキン クエンティン・ブレイク絵 こだまともこ訳 冨山房

「奇妙な味」の短編集です。ナンセンス、怪奇幻想、SF、神話・・・そのすべてをひっくるめての「おとぎばなし」。鮮やかなイメージを生み出す言葉の喚起力が半端なくて、読みだしたら止まらない。ブラックなスパイスも効いていて、とても好みです。特に好きなのは、『怒り山』と『冬の夜にさまよう』。心の奥底のぽっかりと空いた穴から、闇の匂いが吹き上げてくるような短編です。怖いのに、凝視する目が離せない・・・「魅入られる」というのは、こういうことなんでしょうね。暗い森の奥でたき火をしながら、誰かの昔話を聞いているような、そんな気持ちになってしまう物語たちです。

『怒り山』の頂上にある村に、八本足の馬に乗って片目の男がやってくる。彼は家々の石に指先で輪を書きつけた後に、村の井戸の横で骨接ぎを始めます。彼は村人に聞きます。「わたしの父は、死の床で、むすこになんといいのこしたのかね?」誰もその問いに答えぬまま、すべての治療を終えた男は、村人たちに引きずられて崖の上から突き落とされる。すると家々の石に書きつけられた輪が、ぎらぎらと真っ赤に輝きだし、そこで物語はおわります。どうやら、この男は、村であった『九つの火の戦い』と深い関係がありそうなのです。何かを全員で隠している様子もある。その何かとは、たぶん自分たちも直視するのが怖いほどの非人道的なことのような気配も漂います。開けてはいけない記憶の箱を封じ込めるかのように、村人たちは自分を治療してくれた男を崖から突き落とします。昔、何があったのか。そのあと、村がどうなったのか・・描かれなかったものが闇の中で膨れ上がるような見事なラストです。

最近、戦争関係などの本や資料を少しずつ読んでいます。目に見えていることの裏側にあるものの大きさと果てしなさに愕然とするのですが、同時に国家というもののあまりの人間臭さに虚を突かれたような気持ちになることが多い。どうやら、私たちは、自分で思っているほど理性的でも公平でもない。そして、自分たちがしてしまったことを直視するのはもっと怖い。この物語の村人たちのことも、私には他人事とは思えないのです。この物語を読んだ子どもたちは、もしかしたら、ただ怖いだけの感想しかその時には持てないかもしれない。でも、エイキンの刻む真っ赤に燃える輪は、その理不尽さと一緒に子どもたちの心に刻まれると思います。そして、人生のどこかで人間の残虐さに触れてしまったとき、その輪が語りかけることがあるのではないか。そんな気がします。

『冬の夜にさまよう』は、とても幻想的な物語です。気難しい粉ひきのバーナードは、木の彫刻を作ることに取り憑かれた男。とうとう、村のシンボルであるオークの木まで勝手に切り倒してしまいます。ところが、そのせいで、彼は朝一番に手に触れたものがことごとく木になってしまうという呪われた体になってしまう。一人娘アリスを木にしないために、納屋に寝かせていたのだけれど、アリスは夜な夜な森の中をさまよい、眠りながら歩く大きなくまと夜を過ごす・・・。

真っ赤な服を着て森をさまようアリスの姿と、ゆらゆらと眠りながら歩く大きなくまのシルエットが月明かりに重なります。物語の始まりから、アリスには月に魅入られたような不吉な影が射しています。彼女が木になってしまうことが運命のように彼女に縫いとめられているのを感じざるを得ないのです。その空気感の見事さ。ブレイクの挿絵と相まって、悪い夢のように美しく、引き込まれます。人間の男には一切目をくれなかったアリスが、なぜ森をさまようくまに心惹かれていったのか。なぜくまは、夜な夜なふらふらと歩いていたのか。単なる因果応報のお話ではない、人間のどうしようもない根っこのようなものとへその緒で繋がっているような、古い記憶を呼び覚ますような不思議なお話なのです。得体が知れなくて美しい。エイキンという人の懐の深さをしみじみと感じました。

ちょっと怖いお話ばかり取り上げましたが、幸せなお話も、宇宙をまたにかけるスケールの大きなホラ話も、ロマンチックなお話もあって、どれも楽しい。そして、どれも冒頭に述べたように、どこか奇妙な味を漂わせて、とてもセンスが良いのです。物語の力が横溢している、充実の短編集。子どもも大人も一緒に楽しめる一冊だと思います。

2012年12月刊行

冨山房刊

 

 

ヘリオット先生と動物たちの8つの物語 ジェイムズ・ヘリオット 井上由見子訳 集英社

私は動物に弱い。パソコンもiPhoneも犬猫ブログのブックマークだらけだし。自分のレビューを書くよりも、よそのお宅の猫さまを見て、「かわいー」「かわいー」とうっとりしている時間のほうが多い。(あかんやん・・・)うちにも猫が2匹いて、何だかんだとかまったり撫でまくったり、お腹に顔を埋めてモフったりしているうちに、一日が過ぎていく。夜になると一緒に寝ようと猫が呼びにくるので、甘えたの猫を抱きこんで、干したてのお布団で眠る。もういくらでも眠れる(笑)。動物と暮らして何が一番嬉しいか。それは、彼らが幸せそうにしているのを見るということに尽きると思う。あったかい毛布の上でのびのびになって寝ていたり、おもちゃに目をらんらんさせてじゃれついたり、美味しそうにご飯を食べていたりするのを見ると、「これでいいのだ」というバカボンのパパ的な全世界肯定感が溢れてきて、もっと甘やかしたくなる。

この本に収録されている8つのお話も、「これでいいのだ」という幸せが溢れている。ヘリオット先生は、イギリスのヨークシャー地方の動物のお医者さんだ。農家が多いこの地方で、ヘリオット先生はいつもあちこちに往診に飛び回っている。そこで出会ったいろんな動物たちとのお話が、この本にはいっぱい詰まっている。ここに描かれているのは、動物と人との信頼と愛情だ。たとえば冷たい北風の中で死にかけていた子猫。ヘリオット先生に拾われて、農家のあったかいオーブンの中で息を吹き返して、豚さんのおっぱいでつやつやのお猫さまに育ったり。自分の身なりなど一度も構わず過ごしてきた農家のおやっさんが、長年働いてくれた馬を、見事に飾り立ててペットコンテストに連れていったり。このお話に出てくる人たちは、みんな自分と関わりのある命を大切にする。そして動物というのは、大切にされると必ずその愛情に応えようとする。人間同士だと時に愛情は難しく絡み合ったり、ねじれたり、すれ違ったりするものだが、動物はいつもまっすぐ愛情を受け止めて、つやつやの毛並みで返してくれる。そこには確かな心の繋がりがある。ほんとに、この世の中難しい事やどうしようもない事がいっぱいなのだけれど、動物が寄せてくれる愛情のこもった眼を見ていると、これが生きていることの基本だよなあと素直に思える。その肯定感がこの物語8篇のすべてに溢れていて、とても幸せな気持ちにさせてもらった。

ヘリオット先生は、長年実際に獣医として働いておられた方。それだけに物語には体験に裏打ちされた厚みがある。たくさんの本が既に翻訳されているらしい。この本は、若い読者のために書きおろされた一冊。小学校高学年くらいなら余裕で読めると思う。こういう愛情から生まれる信頼感、それも積み重ねられた体験に裏打ちされた信頼感というのは、元気が出てとても素敵だと思う。表紙も挿絵もとても可愛くて、中の活字もセンスがいい。この表紙に呼ばれて読んでみたら、やっぱり当たりだった。ヘリオット先生、もっと読んでみようっと。

2012年11月刊行

集英社

 

フォーラム 子どもの本と「核」を考える 

先週末(1月26日)、広島平和記念資料館で開かれた、日本ペンクラブ主催のフォーラム『子どもの本と核を考える』に行ってきた。第一部が、ペンクラブ会長浅田次郎さんのチェルノブイリの現状報告、そして二部はアーサー・ビナードさん、令丈ヒロ子さん、朽木祥さん、那須正幹さんという、核をテーマにした児童文学を書かれている方をパネリストに、子どもの本と核を考えるというお話があった。実際に自分の目でチェルノブイリを見てこられた浅田さんのお話、そして自著を通して、子どもたちに何を伝えていくかという作家さんのお話、それぞれに驚きと新しい発見があり、日ごろ考えている自分の思いと共感するところも多かった。これからを生きる子どもたちのために何ができるのか、ということを真摯に考え、歴史的な視野に立って実践していこうとされていることが伝わるフォーラムだった。

●浅田次郎さんのチェルノブイリ報告について

子どもの甲状腺ガンとDNAの異常が増えていること。これは、いろんな方の報告から知ってはいたのだが、やはり直接見聞きしてこられた浅田氏の言葉を直接耳で聞くと、ずっしりと重い。事故から27年が経ち、石棺といわれるコンクリートの覆いも劣化が酷い。そこで、もう一回り大きな石棺を作ってかぶせる作業が必要になるのだけれども、それもまた数十年後には劣化してしまう。放射能の半減期を計算すると、その作業はこれから何千年も繰り返さねばならない・・。そのことに茫然としてしまう。「一国が滅亡するかもしれないものは持ってはいけない」「負の遺産は私たちの世代で決着をつけていくという覚悟が必要」という言葉に深く頷く。歴史小説をたくさん書いておられる氏の言葉には、「今」を俯瞰で捉える強さがある。戦争を経験した親世代は、負の遺産を後の世代に伝えてはいけないという思いがあったのではないか。その親たちに珠のように育てられた私たちが、原発の事故を起こしてしまったということは、過去に対しても未来に対しても無責任なことであるということを述べられていた。このところ「やっぱり経済優先」という空気が世間に流れているように思う。経済をないがしろにする積りはないのだが、この原発の問題だけは、その短期的な視点から外れないと、また大きな過ちにつながってしまうような気がしてならないのだが、浅田さんの言葉に改めてその通りだと思う。浅田さんいわく、フクシマの原発事故に対して、外国からは「日本なら何とかするだろう」という期待が寄せられている、この期待を裏切ることは、日本に対する信頼を失うことになる。これは、国家として絶対に乗り越えねばならない試練である、という言葉が印象的だった。

●核をテーマにした児童文学を書かれた作家さんたち

アーサー・ビナードさんは、『さがしています』という、原爆の遺品の写真をテーマにした写真絵本を出してらっしゃる方。あの絵本は4年前に撮影するための台の石づくりから始められたらしい。その手間暇と思いが深く伝わってくる絵本だ。母国語である英語の「atomic bomb」「Nuclear weapons」という言葉ではなく、「ピカドン」という体験者の側から生まれた言葉で核を見たときに初めて自分の視点が変わったという体験を話された。「ピカドン」は、自分が原爆ドームのそばにいて、あの日を見ている視点の言葉だと。英語を母国語にするアーサーさんだからこその気付きは、いろんな問題提起を含んでいると思う。

令丈ヒロ子さんは、『パンプキン!模擬原爆の夏』についてのお話だった。これは、パンプキン爆弾という、原爆投下のための練習として日本全国に落とされた模擬原爆のことをテーマにした作品だ。この作品を書かれたきっかけは、近所に模擬原爆の慰霊碑があったことだったとか。この作品は、主人公の子どもたちが、自由研究で模擬原爆と戦争のことを調べていくという形式で書かれている。出版後大きな反響があって、テレビのドキュメンタリーでも放送されたほど。若おかみシリーズなど、子どもたちに絶大な人気を持つシリーズを書いておられる令丈さんだけあって、面白く、わかりやすく、しかも資料もふんだんに取り入れた説得力のある作品だ。その令丈さんが戦争というテーマに取り組まれたことはとても有意義なことだと朽木さんもおっしゃっていた。御苦労もたくさんおありだったようだが、教育現場からの反響がすごかったということ、そして、子どもたちがこちらが思うよりも普通に受け止めてくれた、という報告になるほど、と思った。子どもたちは、こちらが真摯に伝えたことを、ちゃんと聞く力を持っている。この作品のような、今の子どもたちの生活と戦争・核という問題を繋ぐような作品がたくさん生まれることがこれからとても大切なのではないかと思った。

八月の光』『彼岸花はきつねのかんざし』など、ヒロシマをライフワークにしてらっしゃる朽木祥さんのお話はとても心に沁みた。文学が持つ力は「共感共苦」にある。共感し、誰かの苦しみを分かち持つこと・・・正しい歴史認識を後世に伝え、理解することで正しい「心情の知性」を育む本を書きたいと述べておられた。「心情の知性」は、時代が全体主義に流されようとしたりしたときに、踏みとどまり、違うと言える知性のこと。全体主義は、他人事では決してないと私も思う。人の心の中には、ややもすると大きな声を出す人に飲み込まれて思考停止してしまう昏い部分がある。それは、人を、国家や民族や、性別などのわかりやすい切り口でくくってしまうところから始まるのだ。数ではなく、ひとりひとりを顔のある存在として認識することの大切さを心に刻みつけること。『八月の光』について、私は昨年[時が経てば経つほど困難になる【記憶】の刻印に、真摯に向き合い、共有することで、私たちは確かな繋がりを手にすることが出来るのだと思う。その心の糸を繋ぎ、張り巡らせることだけが、ただのお題目になってしまいそうな「過ちは 繰返しませぬから」という言葉に命を与えるのではないか]と書いた。その思いを改めて感じたし、忘れてはならない記憶を「今」に結びつける営みに、果敢に挑戦され続ける姿勢に頭が下がる。「失われた顔と声を聞いてそれを伝えていく」という言葉に物語の根源的な力を信じるものとして強く共感した。

●那須正幹さんは、3歳の時にご自身も被爆されている。『絵で読む広島の原爆』『八月の髪かざり』『ヒロシマ 歩き出した日』『ヒロシマ 様々な予感』『ヒロシマ めぐりくる夏』など、核をテーマにした本をたくさん書かれている。当日は、那須さんまで順番が回った時点であまり時間がなくなってしまい、詳しいお話は伺えなかったのだけれど、自分の後に続く世代の人たちが核について作品を発表されていることが、とても心強いとおっしゃっていた。私も強くそう思う。

もうすぐ、3.11から2年になる。まだ何も終わっていない。事故の後始末も、震災の傷跡も、何もかもそのままだ。でも、最近、そのことを忘れようとする力がいろんな場所で働いているように思えて仕方がない。マスコミは、すぐに何もかも忘れてしまおうとする。彼らは数の論理で動いているから・・・だからこそ、これから物語がとても大切になってくると思うのだ。フォーラムの最後で、中日新聞の記者の方が、沈黙を守ってきた被爆された方々のことに触れ、「なぜ人は語ってこなかったのか」という問いかけをされておられた。そこには声高に語れなかった事情や心情があるだろうし、語ることを許さなかった力も働いていたと思う。その記憶と心に寄り添う、朽木さんのおっしゃる「失われた顔と声を聞いてそれを伝えていく」営みこそが、これからの私たちの進むべき道を指し示してくれると思うから。顔のあるたった一人の心に思いを馳せる力、想像力を育てること・・・このフォーラムに参加された作家さんたちのお話を聞いて、その必要性をひしひしと感じた。それはとても辛いことではあるけれども、今、とても大切なことなのではないかと思う。こんな偉そうなことを言っていても、久しぶりにじっくり見た平和記念資料館、そして初めて拝見した国立広島原爆死没者追悼平和祈念館の、被爆された方の写真のお顔を見て、実は私自身打ちのめされ、しばらく言葉を綴ることも苦しかった。この問題に向き合うには、本当に気力と体力が必要だとしみじみ思う。だから、ずっとこのテーマと向き合って作品を書いておられる方々には素直に尊敬の気持ちを感じてしまうのだ。那須さんは「この年齢なんで、どこまで書けるか」などとおっしゃっておられたが、お体に気をつけて頂いて、これからも子どもたちに大切な作品を届けて頂きたいと思った。

フォーラムの参加者に配られたパンフレットもさすがの出来栄えだった。特に、2部の司会をされていた野上暁さんの「核と日本の児童文学」という評論は個人的にとてもありがたく、これを頂けただけでも行った甲斐があった。とても寒いヒロシマの週末だったけれど、遠征してとてもよかったと思えるフォーラムだった。