『鹿の王 上 生き残った者』『鹿の王 下 還って行く者』上橋菜穂子 角川書店

この本が、今年度の本屋大賞をとったらしい。先日季節風のためにこの本の書評を書いたのだが、上橋菜穂子氏への深い敬意を込めて違うバージョンのものをアップしておきたい。

上橋菜穂子は、ヴァンとホッサルという対照的な二人の男を軸に、息をもつかせぬ迫力で物語を展開していく。黒い犬の襲撃をきっかけに死病が蔓延した岩塩坑から幼子のユナを連れて逃げだした奴隷のヴァン。そして、天才医師として権力の中枢まで入り込み、自分たちの国を滅ぼした黒狼熱という病気の謎を追うホッサル。細部まで徹底的に構築された世界を細やかに描きながらも、上橋の視線は常に「複眼」だ。上橋は決して一方通行の正義を描かない。一つの正義があるところには、必ずそれに反する立場や勢力があり、考え方がある。大国の覇権に伴う近隣諸国の、生き残りをかけた戦術や陰謀。踏みつぶされた民族の怒りが絡み合う事情が、複数の立場から丹念に描かれることによって、読み手は常に価値観が揺らぎ、何が真実なのかを考えさせられることになる。自分が持つ価値観や正義は、他の目から見たときどう映るのか。正しいと信じるものは、本当に正しいのか。怒りは、復讐は、他を断罪する理由になり得るのか、否か。これは、ハイ・ファンタジーという俯瞰の視線を通した、自己への問いかけなのだ。

ヴァンは、かっては飛鹿を操り、山中でのゲリラ戦を得意とした部隊「独角」の頭を務めた男だ。「独角」は小国である故郷の部族が東乎瑠と有利な立場で交渉をするための、死ぬことを前提とした捨て駒だった。その事情に心を寄せるものは、ヴァンを歴戦の英雄とみるだろう。しかし、彼に殺された部族のものから見れば、彼は残虐な殺人者だ。また、ホッサルという医学の天才も、彼に助けられたものには神の手と言われるが、医学を穢れた呪術師として見るものからは、自分たちの血を汚す不心得者にしかすぎない。自分たちがいる場所の価値観は、違う目から見るとくるりとひっくり返るのだ。その中で、現実とどう向き合うのか。人としてどう生きるのか。ヴァンは独角の最後の生き残りだ。仲間たちはまさに捨て駒として戦地に散った。しかし、今、たった一つ守らねばならないものがある。それは、自分が背に守っている幼子の命だ。自分の能力を利用するために、ユナをさらっていったものたちに、ヴァンが吠える。

「大義のためだかなんだか知らんが、自分の命なら勝手に捨てろ。だが、おれの命はおれのもの。あの子の命も、あの子のものだ。…おれはな、なんの関係もない幼子の命を使い捨ててかまわないと思う、おまえや、いま、おれの手の下で涎を垂らしているこの爺に怒ってるんだよ。」

このヴァンという男の魅力的なことと言ったら。男が惚れる強さと情を持ち合わせる男。幼い我が子と妻を病で失い、大きな孤独を抱えながらも、再びユナを背負って守り抜こうとする包容力。彼と行動を共にする密偵のサエが彼に心惹かれてしまうのも無理はない。ヴァンは、そもそも生きること自体に深い虚無感を持つ男だ。愛した妻も息子も、病で簡単に彼から去っていった。こんなに簡単に奪われる人間の命とは何なのか。上橋は、その虚無感を抱えたヴァンの魂を裏返す。人間の視点からではなく、山犬たちの視点を借りて、この世界全体の命の流れを、光として描いてみせる。その光景の、何と不思議で美しいことか。テロの道具として使われる犬たちは、暴力と恐怖の象徴のように見えるが、実は仲間たちや他の動物たちの命と深い友愛で繋がっているのだ。まるで、『風の谷のナウシカ』のオームたちのように。その動物たちを、自分たちの「大義」のために殺戮の道具にするのは、人間の傲慢であり、身勝手に過ぎない。しかし、自分たちの大義のために子どもたちや動物を犠牲にする身勝手は、どれほどこの世界に転がっていることか。人間の勝手な都合に操られかけたオームを、そして風の谷を、自らを犠牲にして救ったのはナウシカという少女だが、この物語でその役割を果たすのは、ヴァンだ。

これ以上ネットであらすじに触れるのは、いかんだろうと思いつつ。分厚い上下巻があっという間の読み応えで、なおかつラストシーンが素晴らしいことだけは書いておきたい。民族も生まれた場所も違う血縁で結ばれてもいない者同士が結ぶ絆が光りとなって輝く。幼い子どもの、まっすぐな、ひたすらな愛情が、闇に消えてゆこうとするものを、取り戻そうとする。人は生まれて、死んでゆく。その間を必死に生きようとする姿には、イデオロギーも国も、宗教も、関係ないのだ。争いを超えて繋がろうとする人間の、子どもの力を信じたい。私はこのラストに、上橋の次の世代を生きる子どもたちへの深い思いを感じた。今、まさに読まれるべき本だと思う。

2014年

大塚 忍 写真展 『birthday』 感想

先日の日曜日、東京の蒲田にあるギャラリー「南製作所」まで、大塚忍の個展を見にいってきた。 ギャラリー紹介はこちら。http://oishiihonbako.jp/wordpress/?p=1901

土地には「気」というものがある。そこに生きた人たちの暮らしの中から、少しずつ染みこみ、立ち上る気配のようなもの。この「南製作所」というギャラリーには、長年この場所で働いてきた人と機械たちが呼吸していた、気持ちよい「気」が満ちていた。大塚の写真は、その「気」の中から生まれる新しい命を紡いで、ひそやかな美に輝いていた。

大塚の写真は、かってここにあった機械や工具を撮影したものと、氷をテーマにした連作で構成されていた。人の手によって使い込まれてきた工作機械たちは、まるで生き物のようだ。そして氷の連作は、無機質な結晶であるはずなのに、氷の粒に閉じ込められた時間を湛えて、一度きりの命に咲いている。どちらも人の目には見えない命なのだが、大塚のレンズはその輝きを捉えて私たちの目に見せてくれる。日常の何気ないものからこういう思いがけない「美」を発見する彼女の写真が、私はとても好きだ。今回の写真たちも、まことに不思議な驚きに満ちていた。鳥の翼やおたまじゃくしの卵のような。はたまたナスカの地上絵や航空写真のような氷の写真たち。一番大きな作品は、立ち上がり、光に向かって触手を伸ばす植物を感じさせて、まさに「birthday」だった。工場から、ギャラリーへ。これまでの歴史を引き継いで始まった場所にふさわしい氷の華だ。彼女の作品を見ていると、静寂がなによりも雄弁であることを深く実感する。

この日はプレゼントがもう一つあった。オープニングパーティで、パーカッショニストのコスマス・カピッツァさんとオーボエとのコラボ演奏があり、間近で楽しい演奏を堪能させてもらった。私の耳には、彼等の音に重なって、ここに憩う目に見えないものが、写真たちと一緒に小さく歌っているのが聞こえてきた。この幸せな場所に、これからどんな物語が展開していくのだろう。

[映画]アメリカン・スナイパー クリント・イーストウッド監督

この映画は、実在の人物をモデルに描かれたものだ。主人公のクリスは、愛するものを守りたいという、ハリウッド映画そのままの正義感から軍人になる道を選んだ男。強い番犬になれ、という父親の刷り込みからずっと、クリスの価値観は「強く正しいアメリカ」から揺らぐことはなかった。彼の頭の中には、絵に描いたような悪と闘うヒーローのような自分の姿があったに違いない。しかし、意気揚々とイラク戦争に出かけた彼を待ち受けていたのは、そんなわかりやすい敵ではなかった。彼が初めて殺したのは、爆弾を持っていた女性と、幼い少年だったのだ。ベトナム戦争もそうだったが、相手の懐に飛び込んでの戦争は、ゲリラ戦になる。女性も、老人も、子どもも、武器さえあれば簡単に「敵」になるのだ。もがけばもがくほど、深みに沈んでいくような血まみれの戦地から帰還してみれば、戦争などどこにも存在しないかのような本国の脳天気さが待っている。クリスが派遣された戦争には、倒すべきわかりやすい悪も存在しなければ、守るべきか弱きものも存在しない。その空しさの中で殺し合いをしていくうちに、クリスにとっての戦争は、仲間を殺していく相手方のスナイパーへの私怨へと変化していく。つまり、大義ではなく感情なのだ。自分の同期の男が殺されて復讐にいった戦闘で返り討ちにあう。その恨みが忘れられないクリスは、周りじゅう敵兵だらけ、四面楚歌の状態で命令に反してスナイパーへの一撃を放つが、そのせいで彼の部隊は総攻撃をくらう。クリスは、殺したいという自分の欲望を抑えることが出来なくなってしまったのだ。

開高健が、『歩く影たち』の中の一篇で、アメリカ軍の将校が、短い休暇のあとでそわそわと戦地に戻っていく姿を描いていた。彼が、人を殺したがっていたということに、別れてから気付いたときの衝撃が忘れがたい短編だったが、クリスも同じように精神を蝕まれていく。アメリカに帰国しても、過剰な暴力性を抑えられないのだ。映画は一見彼がPTSDから雄々しく立ち直ったかのように描かれている。(実際に、同じように心を蝕まれた帰還兵士たちを助ける軍事会社を立ち上げて活躍していたらしい。)しかし、私には最後まで彼が立ち直っているとは思えなかった。最後のシーンででクリスと妻が愛を確かめ合うシーンがあるのだが、なんと彼は妻に拳銃を突きつけて「服を脱げ」と言うのである。もちろん冗談交じりの口調ではあるが、幼い子どもたちがいる前で妻に拳銃を突きつける、という行為自体が完全におかしい。しかも、出かけるときに、その拳銃をひょい、と家の梁の上に置きっぱなしにするのだ。クリスが幼い頃に、銃を地面に放り出して父親に酷く怒られるシーンが映画の冒頭に伏線としてあるところをみると、この銃の扱いの粗雑さも、彼の異常さを浮かび上がらせるイーストウッドの仕掛けの一つなのではないかと思う。イーストウッドは、そういう小さな仕掛けをあちこちにしのばせている。イラク側のスナイパーの傍らには、クリスの妻と同じように赤ん坊を抱く彼の妻がいる。また、クリスたちが暴力で情報を引き出したイラク人の家族は、ネタを売ったことでイラク兵に殺されてしまう。ネガとポジをひっくり返すように、敵にも味方にも同じように守ろうとするものがあることを、そして弱いものが守られるどころか、まず踏みつけられていくことが、容赦ない戦闘シーンと共に刻み込まれていく。何とこの映画の撮影中に、モデルとなった人物が帰還兵に殺されてしまうという事件が起こり、エンドロールにはその実際の葬儀の様子が流される。映画で描かれている凄惨な戦争と、英雄として葬られる葬儀の美しさとのギャップは、酷くもの悲しかった。

イラク戦争で160人を射殺した人物を主人公にしたこの映画が、一体反戦なのか、それとも戦争賛美なのかという議論がアメリカでは巻き起こっているらしい。監督したクリント・イーストウッドは、それは見るものが考えることだと何も語らない。多分彼は、アメリカという国から見た戦争を、ごろん、と深くえぐり取って観るものの前に無骨に転がしてみせたのだ。反戦か否か、というわかりやすい箱に入れるのではなく、その狂気も大義も、大義に踊らされる個人の苦しみも、人が戦争に惹かれる快感も含めて、一人の男の姿に戦争を、ただ語らせた。「愛するものを守りたい」というわかりやすい大義を背負って戦争に行ったスナイパーが、現実の殺し合いの中で、どんどん私怨に心を縛られ、蝕まれていく。戦争という非日常に煽られていく感情の暴走を、間近に肌で感じさせられる二時間だった。

大塚 忍 写真展 「birthday」

私の長年の友人が、大田区に新しくオープンするギャラリーで写真展を開きます。

大塚 忍 写真展

「birthday」

2015.3.27(fri) ~ 4.10(fri)

  ギャラリー 南製作所 

  〒144-0034 東京都大田区西糀谷2丁目22-2  木曜日定休

http://immigrantp.exblog.jp/23791551/

ここは、オーナーの水口惠子さんのお父様が機械工場を営んでらした場所です。

以前、ここで大塚が水口さんのダンスとコラボした写真を見たことがあります。

http://immigrantp.exblog.jp/16993186/

長年使い込まれた機械たちと水口さんが語り合っているようでした。

今度はギャラリーとして生まれ変わったから、「birthday」。

工場萌えの方には垂涎もののギャラリーになっているそうです。

工場と大塚の写真が、どのような融合と化学反応を見せてくれるのか、楽しみです。

お近くの方、ぜひ足をお運びくださいませ。

私も大阪から行こうと思っています。

 

わたしちゃん 石井睦美作 平澤明子絵 小峰書店

幼い頃にたった一度だけ遊んだことがある子。でも、なぜか覚えているのは自分だけで、大人になってから他の誰に聞いても「そんな子いたっけ」と言われたりする。記憶の彼方にある光景は時間が経つほどぼんやりと儚げで、でも楽しかった気持ちだけ鮮やかで。そんな不思議な時間を、石井さんはほんわりと物語にしてみせた。

「わたし」は、パパの転勤で見知らぬ町に引っ越ししてきたところ。おじいちゃんおばあちゃんがいて、大好きな海があった町から引っ越してきて、心細くて寂しいわたし。ママも片付けに忙しくて、ひとりぼっち。「どこにいきたい?」ともう一人のわたしに問いかけて、外に遊びにいったら、素敵な庭のある家から「こんにちは」と声がする。誘われるままに、美しい庭でおままごと。まるでずっと友達だったような時間を過ごして最後に名前を聞いたら、「わたしちゃん」と教えてくれた。でも、次の日にまた遊びにいったら、彼女はいなかったのだ。

「わたしちゃん」と過ごした時間は、もしかしたら夢だったのかもしれないし、もうひとりの「わたし」だったのかもしれない。でも、多分そんな謎解きはどうでもいいんだろうと思う。引っ越しして、まだ新しい場所には馴染んでいない時間。体はここにあるのに、心だけどこかに忘れてきたようなふわふわした心もとない、つかの間の揺らぎが風船になって浮かんでいるような物語だ。幼い頃に「もうひとりのわたし」が、もっとくっきり自分の中にあったことを思い出す。私は一人遊びが多い子だったから余計にそう思うのかもしれないが、何かにつけ自分に語りかけてくる「わたし」がいることを、いつもとても意識していた。そして、今は出来ないのだが、少し左右の目の焦点をずらすだけで、すっと自分の体から意識を浮かせることが出来て(いや、わからないですよね。自分でも書いていてわけがわからない(笑))何か自分に都合の悪いことが起きると、よくそうやって逃避していた。離脱しているときの自分は、そこに体のある自分とは少しずれた存在で、半分「あちら側」にずれこんでいる強い感覚があった。その「あちら側」とはどこかと言われると上手く言葉にできないのだが。そういう感覚は自分だけかと思っていたが、大人になってあれこれ読んでいるうちに、似たことを書いている人をまま見つけることがある。言葉にすると特別なことに聞こえるが、多分幼い頃の未分化な、もしくは統合されていなかったりする心のありようの一つだったのだろう。あの頃リアルに私の中にあった「もう一人の私」は、大人になる道筋のどこかで姿を変えてしまったが、あの「あちら側」にずれ込む感覚は、本を読んでいるときの自分に近しいものがあるように思う。日常からふわりと抜け出す魔法の時間。その手触りを、石井さんの言葉たちに誘われて堪能した。

きっと誰でも、こんな「もうひとりのわたし」に出会う時間は子ども時代の中にそっと潜んでいるのではないだろうか。だから、大人が不思議だと思うこの物語も、子どもが読むと「うん、そうそう!」とすっと心に馴染むのかもしれないと思ったりするのだ。もはや自分の子どももうっそりした大人になってしまったので、そこを聞いてみることができないのが、誠に残念だ。

2014年7月刊行

いっしょにアんべ! 高森美由紀作 ミロコマチコ絵 フレーベル館

人々の暮らしと共に歩いてきた言葉が持つ力というものは誠に大きいなと思う。タイトルは東北の方言で「いっしょに行こう!」という意味だ。しかし、「アんべ!」という言葉には、もっと深い温もりや、お互いの荷物を持ち合うような共生の気持ちが含まれているように思う。まあ、お互いあんまり器用には生きられないけれど、一緒にいこか(大阪弁で解説して申し訳ない)という気持ち。この物語には、縁があって寄り添う男の子のストレートな思いが溢れている。踏まれても折られても、何とか伸びようとする若芽のような子どもの力が、朝日のように輝く素敵な物語だ。

主人公は、柿の木から落ちて足を骨折してから、クラスメイトたちと距離が出来てしまい、ひとりの日々を過ごしている5年生の男の子ノボル。そして、彼の家に里子としてやってくる、3.11の震災で親を亡くした有田といういがぐり頭の少年だ。この二人の距離感がとても面白い。有田はマイペースで、いつも首からカメラをさげ、目に付くものを片端から撮りまくっている。何かにつけその調子で、長年ひとりっきりで人との距離感に敏感になっているノボルにぐいぐい近寄ってくる。ノボルも最初は引き気味なのだが、有田のどこかひょうきんで憎めない性格に少しずつ惹かれていく。震災は有田の心に深い傷を残している。水が怖くて一人で風呂に入れないし、首から提げているカメラは、独りぼっちになってしまった避難所で被災した夫婦がくれたもので、片時も手離すことが出来ない。学校に行っても昔自分が飼っていた犬に似ている近所の犬を、追いかけ回してしまう。

この有田という少年が持っている悲しみと痛みが、ノボルの目を通して読み手に強い実感をもって伝わってくる。彼がなぜ、目に映るすべてのものをカメラに撮りたがるのか。それは、彼が常に「末期の目」でこの世の中を見ているからに違いない。彼はあの日に生と死の境目に立ち、家族も友達も目の前で亡くしてしまった。それまでの日常を無くしてしまった彼には、窓に映る水滴一つもかけがえのない「今」の瞬間なのだ。少しの揺れにも恐怖が蘇り、愛犬のチョコを、流されていく父や母を助けられなかった苦しみはいつも胸にある。大人はそんな彼を傷つけまいと、少し遠巻きにして彼を見ているのだが、ノボルはそんな有田に振り回されながらも、子ども同士のまっすぐさで、彼にぶつかっていく。ケンカもする。文句も言う。でも、ずっと一人で過ごしてきたノボルは、いきなりひとりっきりになってしまった有田の心の痛み、苦しみを理屈ではなく感じる心根を持っているのだ。有田にどんな声をかければいいのかと聞いたときに、ノボルの父ちゃんが言う。「ただ、そういうことがケイタくんの身に起きた、ということを知っていればいい、心にもないなぐさめやとってつけたようなはげましはするな。・・・ただ事実を覚えておきなさい」という。その言葉のとおりに、ただ一緒にいようとするノボル。そして、有田もノボルの過ごしてきた日々の寂しさに気がつく。そんな二人に巻き起こるいろんな事件が、小さなつむじ風のように心に風穴を開けていく。それがとても心地よく胸に沁みた。

物語の最後、犬のダイゴロウを連れた二人が新雪の上を走り回って朝日に叫ぶ姿が忘れられない。声が枯れるまで父母と愛犬の名前を呼び続ける有田の声を、じっと聴くノボル。

「有田の深い傷と、痛みをオレもいっしょになって浴び続けた」

ここから、また生きることが始まるのだ。ひとりではなく、一緒に。「いっしょにアんべ!」という言葉の美しさに込められた作者の思い。たくさんの人に読んで欲しい一冊だ。

2014年2月刊行

ちいさなちいさな めにみえない びせいぶつのせかい ニコラ・デイビス文 エミリー・サットン絵 越智典子訳 出川洋介監修 ゴブリン書房

子どもの特権は(もちろん大人でも大切なことだけれど)びっくりすることだと思う。 おっ、と思うくらいの小さなびっくり。世界の見え方が変わってしまうほど、大きな声で走り回って「知ってた?ねえねえ、知ってた?」と言ってあるきたいほど、大きなびっくり。それが次の「知りたい」に移っていったり、自分を思いもよらない方向に突き動かしたりするんじゃないかと思うのだ。この絵本は「びせいぶつ」つまり、微生物についての絵本だが、一応の知識がある大人でも思わず「うわあ」と声を出してしまう驚きと楽しさに満ちている。絵がとてもいい。スプーン一杯の土に、インドの人口と同じくらいの10億もの微生物がいること。10億・・・という数字は具体的に想像するのが難しいけれど、こうしてうまく視覚化されると、すんなり驚くことができる。一つの微生物があっという間に増殖して見開きの頁いっぱいになるところは、インフルエンザにやられたばかりの体には少々こたえるくらいだ(笑)

微生物は、私たちの目には見えないけれど、地球の生き物にとって大きな役割を果たしている。それが、美しくセンスの良い絵で、誰にでもわかるように描かれていて、なぜかしら、ふーっとため息をつきたくなる。この世界を支えている生き物たちの絶妙な役割分担について。どうして、こんなに多種多様なものが存在するんだろうという素朴な驚き。微生物の形の面白さや不思議さ。何もかもがやっぱり不思議で、何度も読んで、ふーっとため息。大きい、小さい、ということは非常に相対的なこと何だわ、と改めて思う。くじらは大きくて微生物は小さい。うん、確かにそうではあるけれど、それはあくまで「人間」を尺度にしているからそう思うだけのこと。微生物から見れば、猫も人間もくじらも、多分分解したり寄生するべき有機物、というだけのことなのだろうと思う。別の生き物の視点に立つだけで、これまでとは全く違う世界が見えてくる。その面白さを発見する喜びがこめられている科学絵本が私は好きだ。子どもと読んで一緒にびっくりするのが楽しい一冊。

2014年8月刊行

トオリヌケキンシ 加納朋子 文藝春秋

加納さんの物語は、いつもほろりと心に沁みる。人々が何気なく通り過ぎていく道の一つ裏に隠れている、迷路や路地の暗がり。小さな謎の顔をして蹲っている悲しみが、木漏れ日のように優しく透明感のある文章で語られることで、背中にささやかな羽をつけて飛び立っていくような、そんな優しさがある。皆身軽にすいすいと通り抜けていく扉が、なぜか自分にだけは閉まっていたり。皆には見えているものが、自分にだけ見えなかったり。反対に誰にも見えないものが、自分にだけ見えてしまったり。とにかくこの世界はハンディを持つものに厳しく、理不尽だ。この本には、理不尽の壁に「トオリヌケキンシ」されてしまった若者たちの物語が収められている。

自分を押し込めている理不尽の正体は何か。それがわからないことが、人と違う苦しみを抱えているものにとっては一番辛いことなのだ。どの扉を開ければいいのか。いや、もしかしたら自分を通してくれる扉などはないのではないか。悶々とするうちに、どんどん自分に対する疑いや、恐怖ばかりが膨れあがる。「フー・アー・ユー?」には、相貌失認の男の子が、ネットからたまたま自分と同じ症状を見つけるシーンがあるが、まさにこれは幸運な例だと思う。心に抱く恐怖や違和感は、特に子どものうちは他人に上手く説明できないことが多いし、周りの人間が気づけるとも限らない。私自身も、次男が生まれつき抱えていたしんどさに、彼が成人するまで気づかなかった。いやもう、それを知ったときは非常に驚いた。彼に「気付かずにいて本当に申し訳なかった」と謝ったら「いや、これを診断できるのは日本でも数人しかおらんらしいから」と反対に慰められてしまったが、やはり私は今でも彼にすまないことをしたと心から思う。ハンディを背負わせていたこともそうだが、何より気付かずにいた、ということは今でも自分が許せない。

だから、この物語に描かれている場面緘黙や相貌失認、醜形恐怖という、傍目からわかりにくい心のしんどさや病気の苦しみについて、この物語を手にとる若い人たちが知るきっかけになれば何よりだと思うのだ。もちろん、加納さんはミステリの名手であるし、ここに収められている短編はどれも切れ味が良くて面白さは折り紙つきだ。だからこそ、物語の面白さと共に、これまで知らなかった視点で自分を眺めてみたり、人の苦しみに思い当たったりする心ばえが、ごく自然に流れこんでくるのではないか。加納さんはご自分も大変な病気をされて、そのことを体験記に書かれた。最後の「この出口の無い、閉ざされた部屋で」という短編には、その経験がのたうっているようだった。「かくも世界とは、不合理で不平等に満ちている」なぜ自分だけが、と壁に頭を打ち付けて苦しむときは、誰にだってやってくる。「トオリヌケキンシ」の扉を開きたい。人の弱さ、悲しみを愛しく思い、精一杯さりげなく差し伸べられる手の温かさ。それが素直に伝わってくる物語だった。

2014年10月刊行

ルゥルゥおはなしして たかどのほうこ作・絵 岩波書店

本当にもう、隅から隅まで可愛い、高楼さんの世界がいっぱい詰まった本なのだ。小さな女の子のルゥルゥが、自分の部屋で可愛がっているぬいぐるみを主人公にしてお話をする。ぬいぐるみたちはそれが嬉しくて、いつも彼女がちりん、と鈴の音をたてて部屋に入ってくるのを心待ちにしている。このルゥルゥの部屋がこれまた可愛いこと、可愛いこと!この本自体、表紙から見返しの小花模様、目次も表題紙もすべてとても凝っていて、本の扉を開いて可愛いお話の部屋に入っていくような気持ちになれる。子どもたちは、この本の扉を開いてルゥルゥのお部屋のぬいぐるみたちの隣にそーっと座り、綺麗なカーテンのかかった窓から素敵なお庭を眺めてルゥルゥのお話を聞けるのだ。私が少女の頃に思い描いた幸せというのはこんな姿形をしていたんじゃないのかしらと思うほど、この本にはいっぱいに喜びが詰まっている。お話を聞く喜び、自分でお話を作る喜び。お話の中に入っていく喜び、そっと本を閉じて物語の世界からそっと帰ってくる喜び。ルゥルゥのお話は子どもらしく行ったり来たりするし、途中で思いつきが挟まったりするのだけれど、それがまた友達とのおしゃべりみたいで楽しい。盛大なツッコミ覚悟で書いてしまうが、私の中に眠っている(何年眠ってるかは秘密)女の子がこの物語の中で満足のため息をつくのが聞こえるのである。   『時計坂の家』『11月の扉』『緑の模様画』。私の大好きな高楼作品の少女達は現実と幻想の世界とのあわいにいて、二つの世界をかろやかに行き来する。彼女たちにとって「おはなし」は特別なものであり無くてはならないものだ。きっと高楼さんご自身もそんな少女だったのだろう。高楼さんも訳した『小公女』のセーラも、自在にお話を語る少女だった。『11月の扉』では主人公の爽子が物語の中で『ドードー鳥の物語』というおはなしを書く。ぬいぐるみと11月荘の住人を重ねて描くそのおはなしは、劇中劇のように物語の中での現実とリンクして爽子の内面を光と影を色濃くして語っていくのだが、このお話のルゥルゥは、爽子よりもっと幼いので、まだ物語に影は生まれていない。ルゥルゥの語るペパーミントの海の色のようにきらきらと透明でどこまでも幸せなのだ。こんなに曇りのないきらきらの幸せが言葉で紡げることに驚いてしまう。岡田淳さんといい、高楼さんといい、絵が書ける方の文章は独特のきらめきがある。ルゥルゥの部屋から見えるペパーミントグリーンの海の色は、『ルチアさん』(フレーベル館、2003)が持っていた水色の玉と同じような色なのだろうか。『ルチアさん』が私は大好きなのだが、あの物語の中の女の子も、確かルゥルゥという名前だった。何でもこじつけたがるのは、本読みの悪い癖かもしれないが、『ルチアさん』のルゥルゥが抱いていた遙かなものへの憧れは、この『ルゥルゥおはなしして』のルゥルゥにも溢れているように思う。

2015年2月刊行

[映画]おやすみなさいを言いたくて エーリク・ポッペ監督 ノルウエー・アイルランド・スゥエーデン合作

何年ぶりだろう、インフルエンザにかかってしまった。くたくたなのだが、頭の芯にしこりのようなものがずっとあって眠れない。熱のせいと、ここ数日ずっと報道されているイスラム国による誘拐事件のことが頭から離れないせいだ。人質になっている本人とご家族の恐怖と孤独はいかばかりだろうか。湯川さんはもはや殺されてしまったのだろうか。赤ちゃんを産んだばかりという後藤健二さんの奥様がどんな思いで夜を過ごしてらっしゃるかを想像すると、とにかく一刻も早く救出して欲しいと心から思う。後藤さんは戦地の子どもたちを取材し、世界に発信していた人だ。日本ではこういう時にすぐ自己責任論を持ち出す人がいるが、私たちが戦地の実情や悲惨さを知り得るのは、彼のようなジャーナリストが報道してくれるからこそなのだ。どうかご無事で、と祈るように思う。

先日見たこの映画は、紛争地帯を取材する戦争カメラマンの女性が主人公だった。しかも、冒頭のシーンは中東での自爆テロへの潜入取材から始まるのだ。死を覚悟して生きながら葬儀もすませ、しなやかな若い体に爆弾を巻き付けて車に乗る女性。主人公のレベッカは、彼女に、彼女を見送る同士たちに、刻々とカメラを向けてシャッターを切る。静謐な死の気配の中で、そのシャッター音だけが響くのだ。これから死のうとする人にまっすぐレンズを向けシャッターを押す、ためらいなく押し切る。そのプロとしての覚悟と胆のくくり方を、ジュリエット・ビノッシュは見事に演じていた。その根底にあるのは、理不尽な暴力や死に対する強烈な怒りであり、使命感なのだが、この映画ではカメラマンの本能のようなものをもう一つ掘り下げて描いてある。その本能に抗えないほど骨の髄までカメラマンである女性を演じきったジュリエット・ビノッシュが素晴らしかった。   スーザン・ソンダクは『写真論』の中で「写真を撮るということは、他人の(あるいは物の)死の運命、はかなさや無常に参入するということである」と述べていた。写真を撮るということは、時を止めることだ。動いているものも、呼吸しているものも、本来なら移ろうものを固定化する。撮った瞬間、映像になって切り取られるものは、もはやこの世界には無いものなのだ。目の前に常に強烈に生と死が輝いていて、それを客観的に切り取れる人だけがカメラマンの目を持っているのだと私は思う。写真というものが、何とも言えずに生々しく、壺のような静物を撮ってさえ時にエロチックであるのは、そこに常に死があるからだ。レベッカは、自爆テロに向かう女性の乗る車から降り際に、危険だと知りながら群衆の中で彼女の写真を撮ってしまう。それが引き金になってその場所で爆発が起こり、その場にいた人たちをレベッカも含めて巻き込んでしまう。若い女性が自爆テロ犯になる残酷さを撮るためだけなら、もう十分なほどシャッターを切っていたにも関わらず、テロ犯の女性の面差しに魅入られるようにシャッターを押してしまう。その本能が死に結びついていく凄惨さ。そして、そのカメラマンが母であり、妻であるということが、よりその凄惨さを際立たせてしまうのだ。他人の不幸にカメラを向ける、その残酷さを、この映画はまっすぐ見つめようとする。

レベッカは夫から、常に危険と共に生きることに耐えられないと最後通告を受ける。彼女の家庭のあるアイルランドはそれはそれは穏やかに美しい場所だ。優しい夫と可愛い娘たちのために、レベッカは一旦カメラを捨てようとする。しかし、安全だからという触れ込みで長女を連れていったケニアでいきなり動乱に巻き込まれ、レベッカは長女を置いてカメラを構え、争いの中に突入してしまう。本能に抗えなかったのだ。群衆になぎ倒されても前を向いてシャッターを押し続けるジュリエット・ビノッシュは、まさにカメラマンそのものだった。結局家を追い出され、全てを捨てて、またレベッカは戦場に向かう。しかし、また冒頭と同じ自爆テロの潜入取材の場面となるラストでまた監督はもう一つどんでん返しを用意する。今度のテロ犯が自分の娘と同じ年頃の少女であることを知ったレベッカは、今度はシャッターを切ることが出来ないのだ。何度試みてもどうしても出来ないまま、レベッカが地面の上にカメラを持って崩れ落ちるところで、映画は終わる。

戦争や饑餓などの凄惨な苦しみを撮影することには、常に人道的な議論がある。人の中に残酷なものをみたいという欲望があることも、その議論をややこしくする。写真を撮ることは傍観者であることでもある。冒頭の静謐な沈黙の中に響くシャッター音は、その残酷さを静謐な中に響かせる。プロである彼女にとってテロ犯は「被写体」なのだ。しかし、最後にレベッカはテロ犯を自分の娘と重ねてしまった。その瞬間、テロ犯の少女は見知らぬ被写体ではなくなってしまった。名前と顔と体温を持つかけがえのない存在になってしまった。もはや彼女は傍観者ではない。少女に心を寄せたその瞬間レベッカは、目の前で奪われようとする命の理不尽さに、その重みに改めて押しつぶされてしまったのだ。一枚の写真。そこに映っている眼差しと向き合うことの苦しみを、この映画は観るものに投げかける。

テレビをつければそこにある後藤さんの写真に、こちらを見つめる眼差しに、私もただ打ちひしがれている。こんな世界の片隅でブログを書いているだけの私に、何が出来ようか。ただ、彼の苦しみを思うしかない。想像するしかない。見ているしかない。手を差し伸べようもない。写真を撮るものの残酷さを、その写真を見るものは常に共有しているのだ。でも、だからこそ、見ないふりをするのではなく、自らの残酷さも含めて、目をそらさず見つめようと思う。自分の家族も救えないちっぽけな私であるけれど、なぜ、こんな写真が撮られることになったのか、もつれた糸の端がどこにあるのか、考えようと思う。地面に崩れ落ちたレベッカは、きっとまた立ち上がって写真を撮ると思うのだ。彼女は、今度は傷ついた子どもたちにカメラを向けていくのではないか。彼女が打ちひしがれたのは娘への、命への愛情ゆえなのだから。中東の子どもたちの苦しみを取材しようとした後藤さんも、何度も何度も打ちひしがれた人ではなかったのだろうか。そんな気がする。

あしたも、さんかく 毎日が落語日和 安田夏菜作 宮尾和孝絵 講談社

落語っていい。大阪の人間なので、上方落語は心と身体にすうっと馴染むし、江戸前の落語も言葉のキレが好きで最近は三代目志ん朝の古典をよく聞いている。落語の一番いいところは、あんまり偉い人が出てこないところだ。みーんな、どこか足りない。怠け者だったり、ちょっとおバカだったり、お人好しで騙されてばかりだったり、だらしなかったり。概して上方落語の方が、主人公の「あかんやっちゃ」感は強いように思う。(枝雀の「貧乏神」に出てくる男は、貧乏神に愛想つかされるくらいの怠けモンだ)でも、彼等は絶対に一人ではなくて、いつも町内の誰かが助けに来たり、「どんならん(どうしようもない)やっちゃな」と言われながら面倒を見てもらったり、大家さんに説教されたりしている。まあ、人間生きてたら色々あるやんか、あかんとこはお互いさんやから、助け合っていっとこか、という人の世の底を生きている人間の笑いが好きなのだ。

この物語の主人公の圭介も、クラスメイトに「あかんやっちゃ」と言われてがっくり落ち込んでいる。大阪弁で言う「イチビリ」、お調子もんの騒ぎたがりの圭介だが、それが徒と成って「ありがた迷惑」「空気を読め」と言われてしまうのだ。自信を無くして意気消沈してしまった彼の前に、行方不明になっていたおじいちゃんが現れる。圭介のじいちゃんは、典型的な一発狙うタイプで家族に長らく迷惑をかけ、息子ともケンカばかりしている。そして年いってから落語家に入門するが芽が出ず、酒に逃げて挙げ句の果てに師匠に破門され、孫の貯金を使い込んで家出してしまうという、「どんならん」ぶりなんである。そのじいちゃんが、人知れず落語の修行を積んで、一発逆転を狙って落語コンクールに出るという。信用できない圭介の前で、じいちゃんは見事な「さくらんぼ」という落語を披露するのだ。

このじいちゃんの人となりというか、どんならんけど、あんまり憎めへん感じ、アホやでほんまに、という可愛げを、安田さんはほんまに上手いこと書いてはると思う。この「さくらんぼ」というのは、頭におおきな桜の木が生えて人がそこでどんちゃん騒ぎをする、うるそうてかなわんと抜いたらそこに池が出来て・・・というもの凄いシュールなネタで、よっぽど勢いがないと人を笑いに引き込めない。じいちゃんは、そのネタで人を引きつけられるほど修練を積んだのだ。その必死さ、ひたむきさに圭介はじいちゃんを応援したくなる。どっちかいうたらイチビリ同士、という共感もありつつ、圭介はクラスの中で浮いてしまった自分とじいちゃんが重なってみえる。もっぺん、家族にええとこ見せたいじいちゃんを応援する圭介を、友達が手伝ってくれる。圭介は自分も友達連中も皆もそれぞれにしんどさやアカンタレなところを抱えていることを知るのだ。

「みんなそれぞれ弱っちくて。 陰でこっそり落ち込んだりして。 けど、そやから、さっきみたいに、みんなで思い切り笑えたらええな。」

そう、これが「情(じょう)」というもんやなあとしみじみ思う。失敗したら、あかん。いっぺん落ちこぼれたら、そこで終わり。空気読んでおとなしくしとかな、頭打たれる。滅多なこと言うたら袋だたきやで、という空気が今、えらい強いような気がする。息詰まる。正直、今、子どもに生まれてたらしんどいやろな、としみじみ思うのだ。「笑う」というのは、自分も相手も一度突き放して眺める余裕がないと生まれない。頭を冷やして「お互いアホやなあ」と思い合うこと。全部丸やなくていい。あしたもさんかくで、うまいこと転がれなくて、角っこが削れたり上手いこといかんかもしれんけど、一緒に笑うとこから始めようや、というこの物語の暖かみが胸に沁みた。いつだったか、図書館のカウンターで落語をたくさん借りていた高校生が、横にいた友達に「落語はええで。落語は世界を救うで」と力説していたことがある。すんでのところで「そや!おばちゃんもそう思うわ」と言いそうになったが、まさにこの物語を読んでそう思う。笑いのない世の中になったら終わりやがな。サザンの年越しライブで桑田さんがしたパフォーマンスに右翼が抗議をして、とうとう謝罪騒動になったらしい。反日、とか国賊、などという言葉がまかり通る世の中になってきた。笑いや風刺を許さない流れの果てに何があるのか考えると、ぞっとする。毎日が落語日和な世の中のほうが、なんぼええかわからへん。誠に真剣に、心からそう思う。

2014年5月刊行

離陸 絲山秋子 文藝春秋

ばたばたと年越しの準備をしながら、ずっとこの本を横目で眺めていた。もう、絶対面白いという予感があったのだ。やっとお雑煮をすませて本を開いて読み始めたら止まらない、止まらない。何度も繰り返される「heureuse,maheureuse」(幸せ、不幸せ)  という言葉を噛みしめながら、絲山さんの物語にはまり込んでしまった。

真冬、雪に閉ざされた巨大なダムの狭い歩梁で作業をする主人公の佐藤のもとに、いきなりレスラーのような体格の見知らぬ外国人がやってくる。こう書くと何の不思議もない感じになってしまうのだが。いつか見た黒四ダムの圧倒されるほどでかい凹部分を思い出すと、このシーンがもたらす違和感に心が泡立つ。この、現実からふわりと浮き上がる感じ。ダムの管理という地道な仕事が、しっかり書き混まれているだけに、そこにやってくる「非日常」がふわりと絶妙な距離感で浮かび上がるのだ。自分の置かれている風景が、音楽一つで色合いや形をいきなり変えてしまう感覚に少し近いかもしれない。私はこの絲山さん独特の浮遊感が大好きで、またこの物語ではそれがますます洗練されているように思う。イルベールというその男は、佐藤に「女優を、探してほしい」という。昔佐藤が少しだけつきあって振られた乃緒が、その女優なのだという。佐藤は知らないと答えるが、イルベールとやりとりを繰り返すうち、少しずつその謎に深入りしていくことになる。

この物語は長編なので、この、突然やってきた非日常が佐藤の人生に少しずつ食い入って根を張る様子が克明に描かれる。失踪した女優の乃緒。彼女を探すイルベールという黒人の男。女優の残した息子。古い文書や映画。日本からフランスへ、パレスチナへ。時空も越える謎の翼に乗ってふわりと離陸した物語は、最後まで謎を連れたまま、今度は確かな日常を連れて佐藤の人生に帰着する。佐藤ははじめ、どこかぼんやりとしたとりとめのない男として描かれる。東大卒のエリート官僚であるけれども、キャリアの役人というのは、大きな組織のコマの一つでしかなく、常に異動させられて一カ所に根付くことから意識的に切り離されている。そんな環境と、常に自分と他者の間に線を引く性格とが手伝ってどこにいても居心地が悪く、自分の人生によそ者として紛れ込んだような気分にいつも支配されている。そんな彼が渡仏して、まさに異郷でエトランゼとなることで、変わっていく。人と深く関わろうとしなかった自分と向き合い、愛する女性と出会い、イルベールや女優が残した幼い息子の人生に深く関わっていくことで、愛も苦しみも深く味わう。後書きによると、この作品の原型は長く絲山さんの中にあったらしいが、伊坂幸太郎氏の「絲山秋子の書く女スパイものが読みたい」という言葉がきっかけになったそうだ。スパイとして生きるというのは、自分の人生そのものを虚構化してしまうことだろうと思う。若い頃の佐藤のこの世界に対する馴染めなさは、どこか乃緒という女性の居所のなさと呼応していたのだろう。しかし、そこから道はどんどん分かれてしまう。不器用ながらも、佐藤は人を愛し、失い、幸と不幸、「heureuse,maheureuse」という残酷な時間にとことんまで洗われていった。パリで、故郷で、九州で、少しずつ根を生やした人と土地との関わりは、大きな悲しみに見舞われた佐藤をふわりと受け止めて落下させなかった。

そう思ったとき、物語の中でほとんど描かれていない乃緒の人生はどんなものだったのだろうと思ってしまうのだ。物語の中で、佐藤の元の同僚も失踪してしまうのだが、彼は3.11の震災の中にいて、その苛烈な風景を見てしまったせいで、元の生活に帰ることができなくなってしまう。乃緒もそうだったのだろうか。彼女も、それまでの自分を失ってしまうほど苛烈なものを見てしまったのだろうか。彼女のそばには、いつも暴力や戦争の匂いがするが、彼女が人生から離陸を繰り返したのは、そのせいだったのだろうか。佐藤の人生が語られれば語られるほど、私はそこにいない、佐藤のようなセーフティネットを持たなかった乃緒の人生が膨れあがってくるように思うのだった。絲山さんが描くそれぞれの土地は、風の匂いまでするようで、とても魅力的だ。その風景の中を、「heureuse,maheureuse」とつぶやきながら歩く乃緒の姿が、いつまでも胸に残る物語だった。

低地 ジュンパ・ラヒリ 小川高義訳 新潮クレストブックス

昔に比べて長編を読むのが体にこたえる。若い頃と体力が違うというのもあるが、そこに描かれるひとつひとつの人生が、年齢と共に深い実感を伴って心に食い込んでくるからだ。私の体の中の時間に、この『低地』の登場人物たちの記憶がどっと流れ込んで混じり合う。既視感のような、まだ見知らぬもう一人の自分と出会っていくような、小説と自分だけが作り出すたったひとつの世界を、浮遊する数日間だった。

これは、死者と生きていこうとする人間たちの闘いの物語だ。まるで双子のようにインドのカルカッタ郊外で育った兄弟と、その妻。弟のウダヤンは、若くして革命運動に身を投じ、警官に自宅の裏にある低地で射殺される。それは、身重の妻と両親の目の前でのことだった。妻のガウリの人生は、そのとき一度粉々に壊れてしまった。兄のスパシュは、彼女を妻として留学先のアメリカにつれてゆき、家族として暮らそうとするのだが、ガウリはどうしてもその暮らしに馴染むことができない。それはそうだろう。例えスパシュがどんなに優しくても、誠実な人であったとしても、彼はガウリが愛した人ではなかったのだから。一度粉々になった壺を何とかテープで貼り合わせてみても、そこには何も溜まらない。ガウリは、もう一度、今度は哲学を勉強することで自分を一から立て直してゆく。「ガウリは精神に救われていた。精神を支えにしてまっすぐ立った。精神が切り開いた道をたどっていった」のだ。しかし、それは妻であったり、母であったりすることとは全く相容れない孤独な作業なのだ。その苦しみが彼女を引き裂き、ガウリは、とうとう娘を棄てて家を出る。世間的には許されないことかもしれないが、それはガウリにとって抜き差しならない営みであったのだ。  一方、ウダヤンの死に向き合い続けたのは、スパシュも同じだ。彼にとって弟は、イデオロギーの上で反発しあったとしても、自分の分身のようなものだった。その彼の代わりに父親になろうとし、ガウリとその娘のベラを守ろうとし、ベラを心から愛した。愛情から生まれた結婚ではなくても、妻と子に精一杯誠実であろうとした。しかし、結婚生活はうまくゆかない。そう、うまくゆかないことは始めからわかっていたのだが、彼は失われた弟の人生が失われたままであることに耐えられなかったのだ。彼のとった方法は間違っていたのかもしれない。しかし、これもまた、抜き差しならない彼の、死と向き合う営みだった。そして、ガウリの娘であるベラもまた、母の失踪という喪失を常に胸の内に抱えていきてゆくのだが、不思議にその足跡は、革命に生きた実の父、ウダヤンと同じような軌道を描き出すのだ。アメリカという移民の国で、ウダヤンという一人の男の生と死を身の内に抱えた三人がたどる足跡を抑えた筆致で俯瞰していくこの物語は、過去と今をぎゅっと凝縮させたような質感に満ちていて、その人生の厚みに圧倒された。

私たちは、生きているものだけでこの社会を動かしている気になっているが、実は全くそうではない。ウダヤンを革命に突き動かしていったのは、インドの大地に踏みつけられるように殺されてゆく貧しい人々の死だった。また、ウダヤンの死は家族の運命と常に共にある。そして、ジュンパ・ラヒリはこの運命の影にある死を、もう一つ用意している。ネタバレというか、この物語を最後まで読んで得られるものを傷つけてしまうような気がするので詳しくは書かないが、それはウダヤンとガウリが正義を行おうとして夫婦で間違いを侵した結果としての死なのだ。私にはその死が、ウダヤンの死そのものよりもガウリの苦しみの最も深いところに突き刺さったまま、ガウリの心を凍らせてしまったことを感じた。だから、ガウリは母性のままに子どもを愛せないのではないか。ガウリは、被害者でもあり加害者でもあった。

「ぽつんと小さく浮いた疑惑の点、あの兄妹と座った窓辺から街路を見下ろし、もっと凶悪なことなのかもしれないと思った心の動きを、彼女は押し殺していた。」

見ないふりをした死を、ガウリは一生見つめ続けて生きてきた。ガウリは被害者であるとともに、加害者でもあった。しかし、生きることは常の二つの立場を抱えているものなのだと思う。その二つを見つめ続けたガウリの人生に、深くのめり込んで私はこの物語を読み終えた。彼女の強さも愚かさも、頑なな一途さも、まるで自分の一部であるかのようだった。

人はその体の内に、大切な「死」を抱えて生きてゆく。ウダヤンという一つの死を身の内に深く抱き続けた家族の物語は、まるで星の軌跡のように一つの宇宙を作っていく。私にはヒンドゥーの知識があまりないのだが、この物語を読んでいると、神々の列伝が語られてゆく形に近いのかもしれないと想像したりした。彼等は歴史に何の名前も残さないが、その人生は、その身に愛と罪と誇りを抱くかけがえのなさに輝いている。そのひとつひとつを、愛という腕で抱き取ってゆくラヒリの眼差しと筆力に脱帽の一冊だった。

希望の牧場 森絵都作 吉田尚令絵 岩崎書店

3.11の震災で起きた原発事故で、たくさんの人たちが故郷を追われた。そのときに、たくさんのペットや家畜が悲惨な状況の中、死んでいった。この絵本に描かれている『希望の牧場・ふくしま』の代表である吉澤正巳さんも、国から退去するように言われ、その次は牛の殺処分(なんて恐ろしい言葉だろう)への同意を求められた。しかし、吉澤さんは自分も被曝することを知りながら、退去にも殺処分にも応じなかった。そして、自分の牛たちの世話をひたすら続けて現在に至っている。こう紹介すると、とても悲惨な絵本であるかのように思われるかもしれないのだが、そうではない。もちろん悲惨な事実もきちんと描かれているのだが、この絵本にはシンプルな強さが溢れているのだ。

「だって、牛にエサやらないと。オレ、牛飼いだからさ」

目の前にお腹を空かせている生き物がいる。だから、ご飯を食べさせてやる。ただ、それだけのまっすぐにシンプルなことを、ただやり切ろうとする強さ。肉牛としての「意味」は被曝してしまった牛にはもはや無い。しかし、生きることに「意味」を結びつけているのは人間だけだ。意味がなくなれば殺処分してもいいのか、という問いかけは、そのまま弱いものや目に見えない苦しみを切り捨てていこうとする人間の姿をあぶり出すように思う。

「希望なんてあるのかな意味はあるのかな。 まだ考えてる。オレはなんどでも考える。 一生、考え抜いてやる。 な、オレたちに意味はあるのかな?」

吉澤さんのような人がいて、その生き方を支援する人たちがいる。それは最後の希望なのかもしれないけれど、全てが他人事になってしまったときに、その希望は消えてしまうのだと思う。昨日終わった選挙の結果は、無関心という化け物が生み出した結果なのか。そう思うのは私だけなのか。テレビを見ながらやけに疎外感を感じてしまうのだが、この吉澤さんの言葉を噛みしめながら、考えることを放棄しちゃいかんよ、と自分に言い聞かせている。

2014年9月刊行

岩崎書店

子どもたちの未来、子どもたちの本の未来 フォーラムポスト3.11

少し前になるが、11月15日(土)に京都の平安女学院でで行われた日本ペンクラブ主催のシンポジウム「子どもたちの未来、子どもたちの本の未来」に行ってきた。第一部は野上暁さんの基調講演「3.11後の子どもの本」.。第二部はパネリストの児童作家の方々によるシンポジウム。朽木祥さん、越水利江子さん、芝田勝茂さん、濱野京子さん、ひこ・田中さん、松原秀行さん、森絵都さんがパネリストとして参加されていた。

第一部の野上暁さんの基調講演は、関東大震災後の日本の歩みを振り返ることから始まった。野上さんの作成された年表を見ながら3.11のあとの日本と重ねあわせてみると、これが、もう、ぎょっとするほど似ているのだ。震災に、その後の不況。中国や韓国との摩擦。右傾化していく中で、治安維持法や言論統制が行われていく。ひこ・田中さんが「我々は既に戦前を生きはじめている」とおっしゃられていたが、まさにその通りだと背中が寒くなる思いだった。その流れの中で、アニメーション、紙芝居、演劇、映画が統制され、児童文学も国威発揚の一端を担わされていった。その歴史も踏まえて、今、児童文学に何が出来るのか。それを問う講演だったと思う。その後のシンポジウムは、パネリストの作家さんたちの発言から始まった。ヒロシマをライフワークにしている朽木祥さんの「戦争を正しく記憶して警戒する」、「共感共苦を抱くことの出来る心」、という心に刻んでおきたい言葉。越水利江子さんの「子どもを守りたい、読者を守りたい」という強い気持ちから訴えられた反原発と面白い本をいっぱい書きたいという決意。社会派として、3.11後の変化を形にしたい、と語る濱野京子さん。特定秘密保護法案後の日本で作品を書いていくことについて語ったひこ・田中さん。松原秀行さんは、親族が3.11で被災され、その後被災地で独自の活動をされている。そして、森絵都さんは、3.11後に刊行された『おいで、一緒に行こう 福島原発20キロ圏内のペットレスキュー』『希望の牧場』の2冊から、弱い命が切り捨てられていること、人との出会いが作品を生み出していくことを語られた。日本ペンクラブの会長である浅田次郎さんも、忙しいスケジュールの合間を縫って、足を運ばれていた。

私は、今、強い危機感を持っている。自民党が政権を取り返してから、ひたすら右傾化の道を歩んでいること。特定秘密保護法も集団的自衛権の容認も、全く議論されないままに押し切られてしまった。マスコミが「反日」「売国奴」など、いつの時代の言葉なのかと思うような口汚さで近隣諸国との対立を煽っている。原発事故のあと、一旦は廃止に向かっていたベクトルが、ここにきて反対の方向に動き出していることも恐ろしい。復興どころか、未だに仮設住宅に住む人々がおられるのに、東京がオリンピック、などと言い出したのにはびっくりしたが、もはや誰もそのことに違和感を感じなくなっていること。ひたひたと暗い波が押し寄せてくる実感が日々強くなる。だが、選挙を間近に控えたこの時期にも、争点としてテレビで放映されるのは経済と消費税ばかり。なんでやねん!と一人テレビに突っ込む日々だ。子どもの物語を書く人は、当たり前だが子どもを見つめている。私たち大人が子どもに手渡すのが、黒い波にのまれていく日本であっていいはずはない。基調講演とパネリストの方々の話を聞き、その危機感を改めて認識できた。

濱野京子さんがおっしゃったように、3.11が児童文学において語られていくのは、まだまだこれからだと思うし、そうでなければならないと思う。子どもの本は、大人の本では語れない希望が、まっすぐな眼差しでみつめるものや真摯な心が語れるはずだ。そこに惹かれているし、そこが私の希望でもある。その希望が間違いではないと思わせてくれたシンポジウムだった。私も微力ではあるが、顔をあげてきちんと声をあげて語っていこう。子どもたちの未来は、私たち大人がどれだけきちんと過去を見つめ、記憶し、そこから学ぶことが出来るかにかかっているのではないか。それは決して自分たちに都合のよい過去であってはならない。