ふしぎな八つのおとぎばなし ジョーン・エイキン クエンティン・ブレイク絵 こだまともこ訳 冨山房

「奇妙な味」の短編集です。ナンセンス、怪奇幻想、SF、神話・・・そのすべてをひっくるめての「おとぎばなし」。鮮やかなイメージを生み出す言葉の喚起力が半端なくて、読みだしたら止まらない。ブラックなスパイスも効いていて、とても好みです。特に好きなのは、『怒り山』と『冬の夜にさまよう』。心の奥底のぽっかりと空いた穴から、闇の匂いが吹き上げてくるような短編です。怖いのに、凝視する目が離せない・・・「魅入られる」というのは、こういうことなんでしょうね。暗い森の奥でたき火をしながら、誰かの昔話を聞いているような、そんな気持ちになってしまう物語たちです。

『怒り山』の頂上にある村に、八本足の馬に乗って片目の男がやってくる。彼は家々の石に指先で輪を書きつけた後に、村の井戸の横で骨接ぎを始めます。彼は村人に聞きます。「わたしの父は、死の床で、むすこになんといいのこしたのかね?」誰もその問いに答えぬまま、すべての治療を終えた男は、村人たちに引きずられて崖の上から突き落とされる。すると家々の石に書きつけられた輪が、ぎらぎらと真っ赤に輝きだし、そこで物語はおわります。どうやら、この男は、村であった『九つの火の戦い』と深い関係がありそうなのです。何かを全員で隠している様子もある。その何かとは、たぶん自分たちも直視するのが怖いほどの非人道的なことのような気配も漂います。開けてはいけない記憶の箱を封じ込めるかのように、村人たちは自分を治療してくれた男を崖から突き落とします。昔、何があったのか。そのあと、村がどうなったのか・・描かれなかったものが闇の中で膨れ上がるような見事なラストです。

最近、戦争関係などの本や資料を少しずつ読んでいます。目に見えていることの裏側にあるものの大きさと果てしなさに愕然とするのですが、同時に国家というもののあまりの人間臭さに虚を突かれたような気持ちになることが多い。どうやら、私たちは、自分で思っているほど理性的でも公平でもない。そして、自分たちがしてしまったことを直視するのはもっと怖い。この物語の村人たちのことも、私には他人事とは思えないのです。この物語を読んだ子どもたちは、もしかしたら、ただ怖いだけの感想しかその時には持てないかもしれない。でも、エイキンの刻む真っ赤に燃える輪は、その理不尽さと一緒に子どもたちの心に刻まれると思います。そして、人生のどこかで人間の残虐さに触れてしまったとき、その輪が語りかけることがあるのではないか。そんな気がします。

『冬の夜にさまよう』は、とても幻想的な物語です。気難しい粉ひきのバーナードは、木の彫刻を作ることに取り憑かれた男。とうとう、村のシンボルであるオークの木まで勝手に切り倒してしまいます。ところが、そのせいで、彼は朝一番に手に触れたものがことごとく木になってしまうという呪われた体になってしまう。一人娘アリスを木にしないために、納屋に寝かせていたのだけれど、アリスは夜な夜な森の中をさまよい、眠りながら歩く大きなくまと夜を過ごす・・・。

真っ赤な服を着て森をさまようアリスの姿と、ゆらゆらと眠りながら歩く大きなくまのシルエットが月明かりに重なります。物語の始まりから、アリスには月に魅入られたような不吉な影が射しています。彼女が木になってしまうことが運命のように彼女に縫いとめられているのを感じざるを得ないのです。その空気感の見事さ。ブレイクの挿絵と相まって、悪い夢のように美しく、引き込まれます。人間の男には一切目をくれなかったアリスが、なぜ森をさまようくまに心惹かれていったのか。なぜくまは、夜な夜なふらふらと歩いていたのか。単なる因果応報のお話ではない、人間のどうしようもない根っこのようなものとへその緒で繋がっているような、古い記憶を呼び覚ますような不思議なお話なのです。得体が知れなくて美しい。エイキンという人の懐の深さをしみじみと感じました。

ちょっと怖いお話ばかり取り上げましたが、幸せなお話も、宇宙をまたにかけるスケールの大きなホラ話も、ロマンチックなお話もあって、どれも楽しい。そして、どれも冒頭に述べたように、どこか奇妙な味を漂わせて、とてもセンスが良いのです。物語の力が横溢している、充実の短編集。子どもも大人も一緒に楽しめる一冊だと思います。

2012年12月刊行

冨山房刊

 

 

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