2012年 今年印象に残った本

あと少しで2012年が終わります。年齢を重ねるごとに一年が短くて、今年も「○○をした」と自分に言えないまま終わってしまうのが悔しいというか、歯がゆいというか。でも、とにかくこうして本を読みながら無事に一年を終えられることは、とてもありがたいことです。そして、ブログを移転したにも関わらず、たくさんの方がこちらにもレビューを読みに来てくださっていることに、心から感謝いたします。どうもありがとうございました。

2012年に書いた本のレビューは、102本でした。読んだ本の3分の1くらいしかレビューをかけないのが我ながら情けないのですが、不思議なことに、年々レビューを書くということが難しく感じられます。時はさらさらと過ぎていくのに、その中で出会うものの重みは増すようなのです。一冊の重み。そこに注ぎ込まれた思い。感じれば感じるほど、筆は重くなる(汗)でも、私は本をとにかく愛しているので、来年もたゆまずレビューを書いていきたいと思っていますし、そのほかにも自分なりに立てている目標に向かって、一歩ずつ進んでいきたいと思っています。どうか、ときどき「何書いてるんかな~」と覗いてやってくださいませ。

さて、2012年に読んだ中でも、自分の印象に強く残った本をピックアップしてみました。

☆国内作品

『八月の光』 朽木祥 偕成社 http://oisiihonbako.at.webry.info/201206/article_10.html

朽木さんの渾身の作品。今、そしてずっと私たちが心に刻まねばならないことがぎゅっと凝縮されています。今年の一冊をあげろと言われたら、この本を選びます。

『雪と珊瑚と』 梨木香歩 角川書店 http://oisiihonbako.at.webry.info/201205/article_8.html

梨木さんの投げかけるものは、いつも私にとってこれからを考える羅針盤です。

『天山の巫女ソニン 巨山外伝 予言の娘』 菅野雪虫 講談社http://oisiihonbako.at.webry.info/201205/article_2.html

シリーズの外伝というだけでもファンには嬉しいのに、とても深く読み応えのある内容で、ここで終わってしまうのが残念なくらいでした。

『リンデ』 ときありえ 高畠純絵 講談社 http://oisiihonbako.at.webry.info/201202/article_4.html

犬のあったかい体、命のぬくもりの確かさが心に残ります。

『ある一日』 いしいしんじ 新潮社 http://oisiihonbako.at.webry.info/201204/article_7.html

生まれ来るひとつの命が、すべての生死と繋がっていく壮大なドラマ。見事でした。

『ことり』 小川洋子 朝日新聞出版局 http://oishiihonbako.jp/wordpress/?p=465

これは、昨日レビューを書いたところなので、下の記事を読んでください(笑)

☆翻訳作品

『クロックワークスリー マコーリー公園と三つの宝物』 マシュー・カービー 石崎洋司訳 講談社  http://oisiihonbako.at.webry.info/201201/article_9.html

手に汗握って読んだという点においては、今年のNo.1!

『サラスの旅』 シヴォーン・ダウド 尾高薫訳 ゴブリン書房http://oisiihonbako.at.webry.info/201209/article_2.html

サラスのおぼつかない足取りの旅が、愛しかった・・・。

『少年は残酷な弓を射る』 ライオネル・シュライヴァー 光野多恵子/真貴志順子/堤理華訳 イーストプレス』 http://oisiihonbako.at.webry.info/201207/article_3.html

先日もアメリカで銃の発砲事件がありました。この作品のことを考えました。幼い子ともたちのこと。それでも銃社会をやめられない大人の事情・・・。

『ジェンナ 奇跡を生きる少女』 メアリ・E・ピアソン 三辺律子訳 小学館SUPER YA  http://oisiihonbako.at.webry.info/201204/article_9.html

この作品も、今年のノーベル賞であるIPS細胞とリンクしていました。文学作品というのは、不思議に時代とリンクしていきます。

追記;『ミナの物語』デイヴィッド・アーモンド 山田順子訳 東京創元社  http://oishiihonbako.jp/wordpress/ya/78/ 

を忘れていました。私としたことが(汗)

今年も、たくさんの素敵な作品と出合えました。活字本や雑誌の発行額は年々減り、電子書籍の台頭も話題になる今ですが、私は一冊の「本」という世界に出会うことが大好きです。2013年はどんな本に出会えるのか。それを楽しみに新しい年を迎えます。小さな声ですが、細々とでも語り続けることを目指して・・・。一年間どうもありがとうございました!

ことり 小川洋子 朝日新聞出版局

年末は、なんだかバタバタして忙しい。そんなに特別はことはしないでおこうと思うのに、一日が飛ぶように過ぎていきます。そんな中で、この本を読む間だけは、時間の流れ方が違います。いつもの窓から見る風景なのに、穏やかな日の光が美しすぎて、なんだか怖いような思いにとらわれることがあります。日常の中に潜む、不意に永遠と繋がる神聖な瞬間。小川さんの物語は、私がごくたまに遭遇する特別な回路を、開きっぱなしにしてくれます。さらさらと音がするほどの、質量をもった光が降り注ぐ特別な空間に私をいざなってくれるのです。その光には、深い死の匂いがします。何十億年という孤独な暗闇にはさまれて、僥倖のように瞬く命のきらめき。その儚さと確固たる美しさを、光溢れる鳥かごに閉じ込めて、ただ、存在させる。五感のすべてを使って味わう福音のような時間が、頁をめくれば、そこにある。やっぱり、これは奇跡というべきものなんだと思うのです。

小川さんの著書に『言葉の誕生を科学する』という本があります。この『ことり』で謝辞を捧げられている岡ノ谷先生と、「言葉」についての考察を重ねた本なんですが、その中で言葉の起源として挙げられているのが、鳥のさえずりです。歌うことができるのは、鳥とくじらと人間だけ。求愛のために奏でる音楽が、「言葉」に繋がっていくのではないかという仮説が小川さんの心に種を撒いて、この『ことり』という物語に育っていったような気がします。この物語の主人公の「小父さん」は、ポーポー語という自分だけの言葉しか話さない兄さんと共に暮らしています。ある日、人間の言葉を捨てて、自分だけの言葉を話し始めた兄さん。その言葉を共有することができるのは、小父さんと小鳥だけ。その時から、世界はふたりだけの孤独と輝きに満ち溢れます。そう、言葉は常に私たちと共にあり、自分と世界を繋げてくれるもの。そして、同時に私たちと世界を切り離すものでもあります。この世界を言葉ですくい取ろうとしても、どうしても言い表せないものが残る。言葉にすることで、わかったような気になってしまう。そして、言葉は誰かを傷つける最大の武器になる。同じ言葉を使っていても、どうしても分かりあえないこともある・・・というか、そのことの方が多かったりする。その時の徒労感というか、孤独と疲労は、何よりも私たちの心を蝕みます。世間と同じ言葉を持つ小父さんが、心無い人たちの噂話で白眼視されてしまうように。ささやかな、本当にささやかな司書の女の子との思い出さえも、始末書という紙切れで汚されてしまうように。それに引き換え、お兄さんは、自分の中に、誰の手あかもついていない無垢な言葉を持っていた。その奇跡は誰にも顧みられず、称賛もされず、お兄さんだけのものとして朽ち果てていく。でも、そのお兄さんと、小父さんとことりたちの過ごす小さな世界が、なんとかけがえのない美しさに満ちていることか。そこには、言葉と自分との乖離は無いのです。言葉を通じて、たくさんの人と繋がっているかのように思っている私たちは、本当にそうだと言えるのか。お兄さんの言葉は、ことりのさえずりのように、自分自身から生まれてくるものだった。そんな、自分自身と不可分な言葉は、ほんとうは誰とも分け合えないものなのかもしれないのです。そこを分かち合う人がいたお兄さんは、世界の誰よりも孤独に見えるけれども、本当は誰よりも幸せな人だったのかもしれない。お兄さんだけの耳に聞こえていた鳥の歌が、少しだけれど私の耳にも聞こえるような・・・果てしない暗闇に挟まれた一瞬の光の中に存在することの小さな幸せを味わいつくす喜びが、静かに胸に満ち溢れる。そんな物語でした。

ただ、存在すること。そして、歌を歌うことができること。それだけで奇跡なんだけれども、私たちはすぐにそのことを忘れてしまう。言葉は、誰かに愛情を伝えるために生まれたのに、そのことも私たちは忘れてしまう。この物語は、小父さんの亡骸から始まります。小さなことりの死のように、誰からも顧みられない小父さんの死。たいていの私たちは、そんな生を命を生きている。でも、その小さな命が響き合って奏でる音楽は、こんなにも美しい。最後にメジロが奏でた小父さんへの求愛のさえずりが、いつまでも胸に残ります。この間の選挙や、毎日報道されるあれこれを見ていると・・・なんだかとても恐ろしいのです。なんて自分がマイノリティであることかとしみじみ思って、無力感に押し流されそうになってしまう。でも、そんな中で小川さんの小説を読んでいると、自分の足元がどこにあるのかがわかるような気がします。小川さんが生み出す、小さくて悲しくて、孤独で、でもかけがえのない喜びに満ちた世界がともす灯りが、ひとつずつ誰かの胸に増えていく。そのことを願って・・・ささやかな、このブログの2012年のレビュー書き納めといたします。また、もう一本日記はあげたいと思っているのですが。どうなることやら(笑)

皆様、良いお年をお迎えくださいませ。

by ERI