シフト ジェニファー・ブラッドベリ 小梨直訳 福音館書店

18歳。子どもから大人へ、シフトチェンジの季節です。働くにしても進学するにしても、親の羽の下から飛び出して、自分の生き方を探すとき。この本は、少年が青年になる、ギュンとギアが入れ替わる瞬間をとらえた物語。疾走感にあふれた魅力がありました。

18歳のクリスは、高校を卒業し、大学に入るまでの2カ月で、親友のウィンと自転車で大陸を横断するという冒険旅行に出かける。ところがその親友は、旅の終わりに、自分を置き去りにしていなくなってしまったのだ。実力者であるウィンの父親は、クリスが居所を知っているはずと圧力をかけてくる。物語は、大学の新生活と、そんなウィンをめぐるごたごたに振り回されるクリスの戸惑いから始まります。

幼いころからの親友だったウィン。何もかも知りつくしているはずだった。でも、本当にそうだったのか。クリスは、ウィンとの旅を思い返しながら、見知らぬ人のように遠くなってしまった彼の心を手繰り寄せようとします。この物語は、夏の旅から帰ってきたあとの、もう一つの心の旅なのです。旅の濃密な時間の中に隠されていた、わずかなサインを、クリスは思い出します。男子ならではの、ライバル心と親しみが交錯する距離感が、ジェットコースターのように展開する旅の面白さ。腕立て伏せや、パンク修理のタイムトライアルに始まって、水のかけあいから、派手な喧嘩やら・・・その子どものじゃれあいのような楽しさと、風景や人と出会いの、なんときらめいていること。でも、その中にこれまでとは違う空気が、冷やりとする水のように流れていたことが、クリスの「今」と交互に書かれていく構成の中で浮かび上がってくるのがスリリングで、物語から目が離せなくなりました。

ウィンは、この旅がクリスとの別れであると心に決めていたのです。高圧的な父に反発して、ずっと自分を出すことなく生きてきたウィン。でも、親友はそんな自分とは裏腹に、勉強もボーイスカウトも、親との関係もしっかり自分のものにして、進学も自分の力で決めた。それに引き換え、自分のこれまでの人生は、やたらに人を支配しようとする父親にたてつくためだけに費やされている。そんな自分からシフトするための、崖を飛び降りるような決断の旅だったのです。これまでずっとくっついて暮らしてきたウィンとクリスの激しいぶつかりあいは、今までの自分との闘いでもあるのです。自転車で大陸を横断するという、無謀に近いような旅。でも、その旅は、ウィンの背中を確実に押したのです。「追いつくよ、いつか」というウィンの言葉は、ここからが自分のスタートだというしるしなんですよね。

いまは-おれたちふたりとも変わって、みんなが考えるより、すごいんだってことがわかって-お互いそれを知ったいまは、もうもどれないよな、もとの場所には。

親子という関係は、ほんとに難しいものだと思います。捨てようと思って簡単に捨てられるものではないんですよね。父親の支配という引力から抜け出すために、ウィンが走った距離を思うと、ため息が出そうです。子は親を捨てていい、私はそう思っています。(反対は絶対だめですけどね)また、いつか拾わなければならないときがやってくるから。若いとき、自分が自分らしく生きる道を探すためには、一度精神的に親を捨てる必要があると思うのです。この二人の旅は、これまでの自分との闘いであると同時に、いわば親捨ての闘いの旅だと思うのですよ。執拗に追いすがってくるウィンの父親の手を、なんとか振り切るクリスの闘いも、ある意味親という引力を振り切る闘いなのでしょう。歩きだそうとする若者に対するエールを、この物語から感じました。

今あちこちで展開されている教育論を聞いていると、若い人たちをなんとか自分の思い通りにしたいという欲望が先に立っているように思えてなりません。そう、このウィンの父親が繰り出す教育論のように。その欲望から逃げ出して、地に足のついた生活をしていこうとするウィンのような若者は、これから増えてくるんじゃないか。そんな風にも思います。もしかしたら、それがこれからの希望かもしれない。選挙のあとの、おじさんたちの高揚の中で読んだこの本は、何やら象徴的でした。YAを対象とした物語としては、少し読み手の想像力に頼る部分が大きいかもしれません。でも、これが第一作という筆者の熱い思いをふつふつと感じる、面白い一冊でした。装丁もとてもしゃれていて、カッコいい。男子向けの貴重なYA小説です。

2012年9月刊行
福音館書店

by ERI