岩波が出す新しいYAシリーズの一冊です。装丁がとてもいい。ペーパーバックのような、軽くてすっきりしたデザインに、表紙のこっちを向いている女の子がとても印象的です。そう、中身も印象的な場面がとてもたくさんある物語なのです。冒頭の幼い主人公のQと隣に住む幼馴染のマーゴが公園で死体を発見するシーン。誰もいない夜中に、高層ビルの窓から二人が見るジェイソンパークの光景。マーゴがいたかもしれない廃屋の破れた天井から、覗いている夜空。テンポのいい物語の割れ目から、時おり瞬くようにこぼれてくる繊細さがとても魅力的です。
Qは日本で言うような草食系男子。両親の愛情に包まれて育った真面目な男の子です。一方、隣に住むマーゴは学校中の伝説を一手に引き受けるような、クールで魅力的な女の子。卒業を間近に控えたある夜、マーゴはQを一夜限りの冒険に引っ張り出します。ムカツくやつにスカッとするようないたずらを仕掛け、シーワールドや高層ビルに不法侵入する、無敵の夜。でも、その夜を最後にマーゴは学校から、隣の家から姿を消してしまうのです。そこから、Qのマーゴを探す日々が始まります。Qだけに残された、マーゴからの暗号を読み解き、マーゴが身を潜めていた廃屋で夜を過ごす。プロム(卒業パーティー)という一大イベントに浮かれる同級生たちの中で、一人マーゴのことばかりを考えて過ごすQの日々。しかし、マーゴはどこに行ってしまったのか、まったく見当がつかない・・・。
奔放な女子に翻弄される気弱な男子、というのは日本のラノベでも典型的なお決まりパターンです。ツンデレは男子の永遠の憧れ。Qも、密かにそれを期待していた気配です。何しろ、マーゴは最後の夜の冒険に、自分を選んでくれたのだから。傷ついていなくなったマーゴを探し出し、彼女が涙を流しながら「ありがとう」と抱きついていて、ハッピーエンド、なんて、甘い夢。でも、マーゴの足跡を探しているうちに、Qはマーゴが自分の思い描いていた彼女とは違う女の子だと気が付いていくのです。マーゴがいた場所は、孤独と荒廃の気配ばかりが漂って、どうしてもQに「死」を連想させる。Qはいなくなったマーゴと向き合い、彼女が残していったホイットマンの詩を読み解こうとします。
このQくんが、本当に必死にマーゴを探すんです。こんなに他人と、生身の、自分以外の誰かと真剣に向き合い、理解しようとしたことが、私には無かったかもしれない。難解でわかりにくい詩に分け入るように。マーゴという少女の心になんとかにじり寄っていこうとするQの心の旅は、すなわち自分自身への旅でもあるんですね。学校でマーゴが見せていた顔とは違う孤独や悲しみを見つけることで、Qは、未知の自分をも発見していきます。カウンセラーである両親が、わかりやすく読み解いてくれる自分とは違う自分が心の中に眠っていること。簡単に嘘をつける自分がいること。卒業式をサボる、なんていうことが出来る自分だっている。自分の青春時代を思い返すと、若いころって、世間の何もかもを簡単に「こうだ」と決めつけることが多かった。「そんなもんだよね」と割り切ることが大人になることと誤解していた節があります。でも、ステレオタイプに「こんなやつ」と自分や他人を区分けすることは、自分の心に負荷はかからないけれど、その分大切なことを見失いがちなんです。だから、こんな風に、目に見えない人の心のうちを想像し、心重ねてみること。そして、そこから帰ってくる自分だけの意味を読み解いていく経験は、人と理解しあって生きようとする人生への、出発点でもあるわけです。
だれかの身になって想像するのも、世界をほかのなにかに置き換えるのも、わかりあう唯一の方法なんだ。
でも、その想像がそのまま相手への理解につながるとは限りません。Qが心の中で見つけた、と思っていたマーゴは、苦労の挙句にやっと見つけた実物のマーゴに、あっと言う間に否定されてしまいます。でも、それでいいのです。誰かの心を完全に理解することなんてできない。自分の心だって、簡単に探りきれるものではないのです。だからこそ、想像したり、理解しようとしたりする、お互いに伸ばしあう手だけが、信頼を繋ぐものになる。自分を知ろうとする旅も、一生続いていくのです。・・・って、わかったようなことを言ってますが、私も若い頃から、おんなじことばっかり繰り返してるような気がしてなりません(汗)ああ、また、やっちゃったよ、と思うんですけど、また同じパターンにはまったりして・・。つい最近も、自分が長年強く思いこんで、人にも吹聴していたことが「そうじゃない」とわかって、びっくりしたところです。しばらく、穴があったら入りたい状態になってました。だから、この物語の最後のQくんの心情が身に沁みる(笑)この岩波のシリーズは刊行されたら必ず読んでみようと思います。
2013年1月刊行
岩波書店