コロナ日記 2020年4月5日

 

 コロナ日記 2020年4月5日

.・コロナの感染死者数が国内で100人を越えた

・大阪の感染者数 新たに41人 累計387人

・政府がコロナ終息後に二兆円規模の観光・飲食支援の方針

 

ええっと・・・この政策のネーミングが「Go To Eat」「Go To Travel」というらしいのだが、これ、知識の乏しい私でもアカンと思うヘンな英語だ。東大卒の官僚たちは、このネーミングに誰も異を唱えなかったんだろうか。「総理、さすがです」とか言って揉み手しているお取り巻きの図が彷彿とするが、もう、その絵に描いたような馬鹿さ加減に吐き気がする。

もうこの感染症で、公式に発表されているだけで70人の方が亡くなっているのに。海外では死者が5万人を越えた。

 

コロナ日記2020年4月4日

コロナ日記2020年4月4日

 

・大阪における感染陽性者数 346名

・全国の医療従事者 151名感染

 

素人目にも感染爆発は近いと思われてならない。国からは何の具体策も提示されない。

医療現場はぎりぎりの状態だという。これから発症しても治療してもらえるのかどうかもわからない。この状況のなかで、家のなかをどう清潔に保つか、ウィルスを持ち込まないか、日々神経質になっていく自分がいる。夫や息子はいまいち危機感が薄いのが、またいらだちの元になり、ストレスが溜まっていく。買い物にもあまり出たくはないが、やはり日々足らなくなるものはあり、スーパーやドラッグストアに行く。そしてふらふらと、除菌グッズを買いたくなる。4匹の猫がいて、日々あちこちで色々な落とし物をしてくれるというのもあって、拭き取り用のシートなどは確かにいくらあっても足らないぐらいだ。しかし、それ以上に、弱っている心が、除菌グッズに引きよせられる。アルコール系はほぼ皆無で、豊富に売っているのは手洗い石けんの詰め替えぐらいなのだが。恐怖は人の弱さを増幅させる。いや、私の弱さというべきか。

 

職場の大切な友人が、ご家族の介護で退職することになった。十年以上共に働いた、とても有能で、よく気がついて、信頼できる人。これからもずっと一緒に働けると思っていただけにショックは大きい。ご両親が体調を崩されたときと、このコロナウィルス騒ぎが重なってしまったのが、何とも辛い。病人を抱えながら、この難局を乗り切らねばならないストレスを思うと、背筋に冷や汗が浮いてしまう。高齢の母と暮らす私だって、明日は我が身だ。病気や障害を抱えた家族とともに暮らす人。デイケアなど、公的な援助を受けながらやっと日々を送る人たちの大切な支えを、このコロナが奪ってしまう悲劇も、もうあちこちで起きているに違いない。にも関わらず、国は大企業に気前よくお金を渡すことしか考えていない。このことを、絶対に忘れない。この駄文を毎日綴ろうと思ったのは、忘れないためだ。

 

コーヒーを入れる。香が立つ。そのたびに、ほっとする。

庭のフリージアが甘く香る。ああ、まだ大丈夫だと思う。

陽光が降り注ぐ庭には、バラの新芽が赤く萌えて、命が漲っている。

ただただ、圧倒される。彼らの強さに。

 

今日読んだ本 『詩の言葉・詩の時代』三木卓 晶文社

コロナ日記2020年4月3日

コロナ日記 2020年4月3日

 

 自分の覚え書きとして。

 

・本日の大阪における陽性者数 累計311名

・政府より困窮生活者への支援として一世帯あたり30万支給との発表

・フリーランスを含む個人事業主に最大100万円、中小企業に最大200万円の現金給付を検討

・日本中のツイッター民と海外から、昨日発表された一世帯あたり二枚の布マスク配布が「アベノマスク」と失笑を買う

・大企業には一千億円出資案(融資ではなくて、出資というところがキモ)

・ロシアなどの食糧供給国が、輸出から自国消費へと方針切り替え

  昨日の布マスク二枚配布にも腹が立ったが、それ以上に怒りが沸騰したのが、「新型コロナウィルス感染症による小学校休業等対応支援金」から風俗営業者を除外したこと。セックスワーカーの女性たちをなぜ支援から除外するのだろう。「過去に企業向けの助成金で反社会的勢力の資金洗浄に使われたことがある」という理由だというのが厚生労働省の説明だが、今回の支援の対象は企業ではなく、生活している個人だ。しかも、子どものいる家庭に対しての支援なのだから、原則全員給付するのが当たり前。偉そうにロンダリングなんて言いますけど、一日たった4100円ですよ。ロンダリング、どうやってすんねん。子どもを持つセックスワーカーの女性たちは、一人で子育てしている方も多いはず。上間陽子さんのお書きになった『裸足で逃げる』(太田出版)を読んで知ったのだが、いわゆるキャバクラなどで働く若い女性たちにはシングルマザーが多いらしい。若く学歴がなく、幼い子どもがいて、実家から援助を受けられない女性たちが手っ取り早く生活費を稼ごうと思えば、やはり接待業なのだ。これは女性が受け続けている社会的な差別構造にも深く関わることで、だからこそ手厚く手を差し伸べることこそ、行政の、国としての仕事だろう。それを冷たく切って捨てる。しのごのご託を並べてみたところで、この措置が風俗業に就く女性たちへの蔑視によるものだということは明白だ。

日々発表される支援策には、このセックスワーカーの方たちへの蔑視と同じ、命の線引きがあからさまに行われている。あんたは助けないよ、と毎日言われ続けて、コロナのストレスにまた新たな痛みが加わる。今、この国を動かしている人たちにとって、人間と認識されているのは、ごく一部の一流企業に勤めている、時々偉そうなことばかり言う、首相とお友達の経団連のお歴々だけなのだろう。この国に生きる人間の顔が、彼らには見えていない。文学と、哲学を切り捨ててきた彼らには。

じわじわと黒い水が足元を浸すようなウィルス感染の不安を解消するどころか、ますますストレスをかけてくる政府にこそ、私たちは殺されるかもしれない。

ミュシャ展 スラブ叙事詩 見るものを射貫く眼差し 東京新国立美術館

スラブ叙事詩を見てきた。予想を遙かに超えて巨大だ。展示できる場所を選ぶこの巨大さは、なぜ必要だったのだろうと思っていたのだが、実物を見て納得するところがあった。これは体験型の絵画なのだ。ミュシャはサラ・ベルナールという大女優の舞台装置や衣装、ポスターを作り上げていた。今で言うプロデューサーのような役割をしていた人だ。その経験も踏まえ、空間が持つ力を最大限に引き出すことで、自分の描く歴史の一瞬を、見るものに肌で感じて欲しかったのではないだろうか。

例えば『原故郷のスラブ民族』の、星空に浮かぶ異教の祭司から見下ろされる威圧感。そして、何より見るものと対峙し、こちらをみつめる二人の男女の凍り付くような眼差しは、強烈だ。今、まさに背後から襲いかかりつつある、殺戮者たちの息づかいや激しい足音の気配が、この眼差しに凝縮している。そして、この眼差しは、この一枚だけではない。どの絵にも、明らかに「見る者」を意識した眼差しでこちらを見つめてくる人物がいる。あなたは今、目撃者になった。見てしまった以上、この出来事と無関係ではいられないのだよ、という眼差しだ。戦いで殺されてしまった人々、故郷を追われさまよう母と子どもたち。ミュシャが描いているのはスラブ民族の人々の歴史だが、民族や宗教の対立をきっかけにした憎しみは、今も世界中に渦巻いている。画布の向こうから見つめ返す眼差しに、こんなに射貫かれてしまったのは、私自身、迫り来る暴力の足音に大きな不安を抱えているからなのだろうと思う。

また、画面はどんなに巨大になっても、そこに存在する人たちは、一人一人の確かな体温と自分だけの顔を持って描きあげられている。『ニコラ・シュビッチ・ズリンスキーによるシゲットの対トルコ防衛』では、戦いのさなか、火のついた松明が火薬に投げ込まれる、その瞬間が描かれている。画面いっぱいにひしめく、人、人、人。梯子によじ登ろうとしている人も、疲れて座り込んでいる人も、何かを囁き合う人たちも、次の瞬間には全てこの爆発に巻き込まれてしまうのだ。画面中央の黒い帯がそれを暗示して不気味に流れている。私はこの黒い帯に、原爆投下のきのこ雲を連想した。その瞬間まで、自分の運命を知らずに生きていた人たちの顔がここには刻みつけられている。

「見る」ことは、どうしても見るものと見られるものを分かつ。この戦闘を絵にし、客観化してしまうことは、古典絵画の戦闘シーンのような「ただ眺めるもの」として片付けられる危険性も生んでしまう。今の3D技術がある時代なら、ヴァーチャルで体験させてみたいと思うところかもしれないが、ミュシャは、暗黒を絵の中央に出現させることで、この一瞬後を想像させる推進力を絵に込めたのだ。この推進力はヴァーチャルな世界よりも強いメッセージを生むのだと私は思う。ここに刻みつけられた「瞬間」には終わりがない。だからこそ、永遠の問いかけとして見るものの心に刻印されるのだ。芸術が生み出す力を強く感じた一日だった。

[映画]ヒトラーの忘れもの LAND OF MINE マーチン・サントフリート監督

地雷という兵器には、人間の悪意がこってりと詰まっている。その悪意を、まだ幼顔の残る少年たちが一つ一つ掘り出していくのを見ていると、体中が緊張してこわばってくる。恐ろしい予感と一緒に、ドカン、という爆発音が心の奥まで突き刺さる。戦争での死を美しいなどという政治家は、絶対にこの映画を、憎しみに吹き飛ばされる少年たちを見るべきだと思う。

第二次世界大戦が終結したとき、デンマークの浜辺には150万発の地雷が埋められていた。その撤去に当たったのは、ドイツ軍の少年兵たち。手作業で一つ一つ地雷を掘り出す作業で半数近くが死亡するか重傷を負ったという。この映画は、美しい浜辺に埋められた地雷を撤去するために集められた少年たちと、彼らを監督する軍曹の物語だ。映画の冒頭は、その軍曹が自国に引き上げるドイツ兵をめちゃくちゃに殴り倒すシーンから始まる。「帰れ!ここは俺たちの国だ!さっさと出ていけ!早く!走れ!」とわめきたてる彼の顔は憎しみで真っ黒に凝り固まっている。しかし、目の前で、あどけない顔で地雷を掘り出し、手足を吹き飛ばされ、死んでいく少年たちを見ながら、少しずつ彼の顔が変わっていくのだ。一人一人と顔をあわせ、言葉を交わし、食料を調達し、面倒を見ているうちに、鬼の顔に少しずつ人間としての顔が混じってくる。手足を吹き飛ばされて「お母さん」と泣き叫ぶ少年は、「にっくきドイツ人」ではない、ただの傷ついたひとりの人間でしかないのだ。ひとりの人間の前に、ただ人間として向き合えば、そこにはどうしても通い合うものが生まれてくる。そのかけがえのなさを、この果てしない絶望の中に描いたことに、心打たれた。

つかの間、海で泳ぎ、ボール遊びに興じる彼らは、本当にどこにでもいるティーンエイジャーだ。その彼らが誰かの命を奪う少年兵として戦地に駆り出されてしまったこと。そして、誰かの命を奪うために埋めた地雷で吹き飛ばされていくこと。その残酷さが、美しい海の風景の中にくっきりと浮かび上がる。今日死ぬか、明日死ぬか、という日々の中でも、少年たちは小さな虫やネズミを捕まえて名前をつけ、愛情を傾けようとする。その切なさと、自分の犬を失って嘆き悲しむ軍曹の姿が、年齢も国の違いも超えて重なり合う。

最後に森の中に消えていく少年たちを見送る軍曹の眼差しに救いを感じたけれど、あの国境の森は、いろんなことを思い起こさせる。『サウルの息子』で、蜂起したユダヤ人たちが殺されていった森。クロード・ランズマンの『ショアー』に証言されている、恐ろしい殺戮が行われていた森。戦争は、憎しみはいつも弱いものを一番先に踏みつぶしていく。あの子たちは、無事に国境を、恐ろしい森を越えたのだろうか。人間と人間を引き裂く「国」とは何なのだろう。この映画の原題である「LAND OF MINE」と人が言うとき、少年たちと軍曹の間に生まれたような心は置き去りになってしまうのではないだろうかと思うのだ。そう考えたとき、『ヒトラーの忘れもの』というこの映画の邦題は、どうなんだろう。この厳しくも美しい映画のタイトルとして相応しいものなのかどうかと考えてしまう。焦点を曖昧にして、口当たりよくしておこうという日本的配慮は、この真摯な作品に対しても、観客にも失礼なことだ。少年を戦争に、殺戮に駆り出すことは、今も世界中で行われている。そして、地雷は今も子どもたちを吹き飛ばして殺している。ヒトラーだけの忘れ物ではない。すべての大人たちが忘れてはならないことなのだ。

 

21世紀美術館「トーマスルフ展」と日常からの距離について

二泊三日で金沢と能登に関東に住む友人と遊びに行っていた。学生時代からのつきあいである彼女とは、遠くにいてもなぜか感覚がシンクロしていることが多いので、時間を気にせずゆっくり話すことが出来るのは無条件に嬉しい。そして写真家である友人は、私と違う眼差しで美しいものを見つけていくので、兼六園や町中を散策しながらそれを横で見ているのも楽しいのだ。

旅に出かける楽しみは、違う土地が育んでいる人間の暮らしを感じることなのだと思うのだが、その面白さを強く感じたのは能登半島だ。観光バスのテープがやたらに面白い。能登にもアイヌの人々が住んでいたことを教えてくれて感心していると、いきなりUFOを押してくる。驚いたのは「モーゼの墓」だ。日本がまだ古事記の神々の時代に、モーゼが船で石川にやってきて583歳という寿命を全うして、そこに葬られたらしい。らしい、と書いていいのかどうか危ぶまれるくらいの伝説だが、西田幾多郎や鈴木大拙という哲学者を生んだ風土の発想力は侮れないね、というのが友人と私の一致した意見だった。なぜ、旧約聖書の中からモーゼを連れてきたのだろう。時間と空間の距離を超えた要素はなんだったのだろう。冬の長い場所は空想力が豊かになるというが、それにしても面白い。

今回の旅のメインは三日目の21世紀美術館。前知識を何も持たずに入った「トーマス・ルフ展」がとても良かった。いかにもドイツ!というかっちりした構図の私的な部屋の写真から始まるのだが、きっちりした写真を撮る姿勢と意欲はそのままに、次々と実験的な手法にトライしていくのが面白い。巨大なサイズに引き延ばされたポートレイト。モンタージュ写真を撮影する器械を使って撮影した四枚の写真を、他の人の写真と重ねあわせた肖像写真。どこかにいそうで、実は存在していない顔たちは、どこか虚ろな気持ち悪さでこちらを見つめてきて、その顔のどこを見つめていいのかわからない。デジタルの四角い粒子を引き延ばしたような巨大な写真には、9.11の光景が撮されているらしい。遠く離れて見るとそれらしいのだが、近くに寄るとただの四角の羅列だ。どこに立ってみても、もどかしく、手が届かない。デュッセルドルフの町を、特殊な暗視装置で撮した写真は、最新兵器が狙う標的のようだ。そこにあるはずの人の暮らしは、標的に阻まれて見えない。 最初に並んでいた、自分の暮らす部屋を撮影した写真からは、丁寧に手入れされた家具やシーツと彼が親密な空気で結ばれているのを感じた。その距離感から離れたとき、もしくは日常に絶え間なく流れ込む情報に自分をさらしたときの居心地の悪さや空しさ。9.11や大震災のような巨大な出来事に向かい合う目線のあり方や、「自分」との距離感の掴めなさを、トーマス・ルフの写真から強く感じた。

21世紀美術館はSANAAの設計で、様々な大きさの展示室が、中庭と回廊のまわりにぐるりと作られている。一つの部屋を出るたびに、冬の変わりやすい空は光の回廊を違う色で染めていく。ぐるぐるとあちこちの部屋を巡るうちに、トーマス・ルフが投げかけるものが、私たちのアンテナに触れて、目に見えない糸を紡ぎ出す。雨の幕の上を覗くと、そこでは金属で出来た一人の男が、空を見上げて雲を測っていた。最後にブルー・プラネット・スカイというジェームズ・タレルの部屋にいった。部屋は石造りの正方形で、天井も四角く切り取られている。私たち以外誰もいない部屋は振り込む雨音に満ちて、遠くから鳥の声が聞こえた。雨だれも四角く切り取られて落ちてくる。フレームの中の空が、様々な色に変わるのを、私たちはしばらく眺めていた。日頃から空が好きで暇さえあれば眺めているが、切り取られていることで、空の繊細な表情がより鮮明に目に映る。何もない、ということにとても満たされる空間だ。空や、雲や、星とは距離感に悩むことなど何もない。ただ、あるがままに受け取り、自分もそれに身を任せることができる。トーマス・ルフが恐ろしいまでの情熱で切り取っている星の写真には、人間が写っている作品とは全く違う親密な幸福感があった。「距離」はやはり心の中にある。

最終日は21世紀美術館だけで満足しきって、昼食もとらぬまま、たくさんの土産物を駅で買って、友人と別れ一人サンダーバードに乗った。ほとんどネットも見ず過ごしていたので、ふとツイッターを開けて覗いてみた。すると、目に飛び込んできたのはアレッポで虐殺されていく人々の写真と声だった。私は呆然とした。旅というちょっとした非日常を楽しんでいる自分と、今、虐殺されるかもしれないという極限の非日常を生きている人々。いや、彼らはもう死んでいるのかもしれない。ただ、その声や顔がツイッターというネット空間の中に浮かんでいるだけなのかもしれないのだ。日の落ちたサンダーバードの車内で、私は呆然とし続けるしかなかった。この距離感をどうすればいいのか、全くわからない。わからないのだが、このわからなさを、文学というものを手がかりにして、一つ一つたどっていくしかないのだと、あれから数日たって思っている。21世紀美術館の上にずっと立っている、測れない距離を、必死で伸び上がって測ろうとする男のように。

伊津野雄二展 残されし者  神戸ギャラリー島田にて

陽に透けるやわらかな棘(とげ)
胸を朱にそめ
のびあがるその極みに
地にくずれる
天と地の約束どうり
緑のアーチを描き
瞳を大空に残したまま
されど残されし者
しずかにここにとどまりて
あたらしき面(おもて)をつけよ
年ごとの花のように
年ごとの祝祭のために
―残されし者2016―

一年ぶりの伊津野雄二さんの個展。静謐な美しさに打たれながら、今回一番印象に残ったのは『残されしもの』という作品の、張り詰めた緊張感のある面差しだった。自然の木から彫り出されたトルソは、荒々しい自然の力を纏っている。しかし、その顔は、木の質感とは違うものを感じさせるほど、滑らかに磨き込まれている。顔の周りにはぐるりと線が刻み込まれて、こめかみには金具のようなものが取り付けられているところを見ると、この顔は、能の面のように取り外しできるものという設定のようだ。瞳には微かに虹彩が星のように刻まれていて、どこか近未来の匂いのする面差しだ。その表情は、厳しく凜として、優しさと、微かな、本当に微かな怒りを湛えているようにも思う。

芸術の魅力とは、新しい視座を獲得することにある。私たちが意識している「時」は常に一方方向で、矢印のように過去から未来へ同じ方向に流れている。時計の針が常に動いている、あの感覚だ。しかし、伊津野さんの作品の前に立つと、私はそこに違う「時」を幻視する。いや、そこに何か、時を超えた別の扉が開く手がかりがあるという確信に、ずっと見つめていたくなる。決して手の届かない彼方から訪なうものが、この仮面の形を借りて、語りかけてくるような気がするのだ。昨年拝見した、『されどなお 汝は微笑むか』という像の、慈しみの表情は忘れがたい。しかし、今年の『残されしもの』が厳しい瞳で見つめているものが、私はとても気になる。知りたいと思う。このところ、ずっと感じている胸が泡立つような危機感は、この瞳が見つめているものと繋がっているのだろうか。全ての人間が滅んだあとに、木や花や、鳥や、美しい生き物たちが繁栄してくれるなら、この面はつけられることはないのではないか。

会場には、限りない優しさを湛えた小さな作品も幾つも飾られていた。音楽を奏でる天使や、母と子が抱き合う柔らかな作品。緑のスカートを翻して踊る、晴れやかな少女。幸せが溢れる。毎日の暮らしの中にある、季節とともに生まれ、去っていくものを慈しむ幸せ。それは、人として生きる喜びそのものだ。それらを見つめ、時を超え、宇宙的な広がりをもつ彼方から、『残されしもの』が語りかける。会場の中央に据えられた『航海』が、たくましい腕で指し示す場所へ、人は、たどり着けるのだろうか。伊津野さんの作品には、宇宙的な俯瞰と、足元を見つめる確かな眼差しがある。自分が決して行けない場所があること、それは今、目の前に広がる風景の中に、常に内在しているのだということ、この二つを同時に見せてくれる。伊津野さんの指し示す理想は、この世のものならぬ美に満ちているけれど、その水脈は、私たちひとりひとりの心の奥底にも流れている。流れているということを、教えてくれるのだ。

あけましておめでとうございます

 

もはや6日、いや、日付が変わって7日になって、新年のご挨拶とは遅すぎますが。 最近、長い評論を書くので目一杯になっておりますが、更新したい気持ちはいつもあるのです。(って、新年から言い訳書いておりますが) いろんなものを読めば読むほど、あれこれ勉強すればするほど、文章が書きにくくなるということを痛感しております。しかし、痛感してばかりではいかんので(笑)今年は、なるべく更新を目標にしていきたい!と抱負を書いて自分の縛りにしておきます。

生き延びていく、という言葉が大げさではないほど、今、私たちは「異常な日常」に囲まれています。児童文学に関わるひとたちは、一番その異常さに敏感です。それは、子どもたちの未来を、いつも考えざるを得ないから。インディアンのイロクォイ族は「何事を決めるにも、自分たちの決断が七代先に影響を及ぼすことを考えなければならない」と何かを議論するときに常に誓い合っていたといいます。(管啓次郎「野生の哲学」より)その視点で見つめると、今、目の前に広がっている風景とは全く違うものが浮かび上がってきて、背筋が冷たくなっていくのです。何かしなければと、胸がぎゅっとする。だからこそ、言葉の力を信じて、今年も右往左往していきたいと思います。まずは、更新!ですね(笑)

繁内 理恵

大塚 忍 写真展 『birthday』 感想

先日の日曜日、東京の蒲田にあるギャラリー「南製作所」まで、大塚忍の個展を見にいってきた。 ギャラリー紹介はこちら。http://oishiihonbako.jp/wordpress/?p=1901

土地には「気」というものがある。そこに生きた人たちの暮らしの中から、少しずつ染みこみ、立ち上る気配のようなもの。この「南製作所」というギャラリーには、長年この場所で働いてきた人と機械たちが呼吸していた、気持ちよい「気」が満ちていた。大塚の写真は、その「気」の中から生まれる新しい命を紡いで、ひそやかな美に輝いていた。

大塚の写真は、かってここにあった機械や工具を撮影したものと、氷をテーマにした連作で構成されていた。人の手によって使い込まれてきた工作機械たちは、まるで生き物のようだ。そして氷の連作は、無機質な結晶であるはずなのに、氷の粒に閉じ込められた時間を湛えて、一度きりの命に咲いている。どちらも人の目には見えない命なのだが、大塚のレンズはその輝きを捉えて私たちの目に見せてくれる。日常の何気ないものからこういう思いがけない「美」を発見する彼女の写真が、私はとても好きだ。今回の写真たちも、まことに不思議な驚きに満ちていた。鳥の翼やおたまじゃくしの卵のような。はたまたナスカの地上絵や航空写真のような氷の写真たち。一番大きな作品は、立ち上がり、光に向かって触手を伸ばす植物を感じさせて、まさに「birthday」だった。工場から、ギャラリーへ。これまでの歴史を引き継いで始まった場所にふさわしい氷の華だ。彼女の作品を見ていると、静寂がなによりも雄弁であることを深く実感する。

この日はプレゼントがもう一つあった。オープニングパーティで、パーカッショニストのコスマス・カピッツァさんとオーボエとのコラボ演奏があり、間近で楽しい演奏を堪能させてもらった。私の耳には、彼等の音に重なって、ここに憩う目に見えないものが、写真たちと一緒に小さく歌っているのが聞こえてきた。この幸せな場所に、これからどんな物語が展開していくのだろう。

[映画]アメリカン・スナイパー クリント・イーストウッド監督

この映画は、実在の人物をモデルに描かれたものだ。主人公のクリスは、愛するものを守りたいという、ハリウッド映画そのままの正義感から軍人になる道を選んだ男。強い番犬になれ、という父親の刷り込みからずっと、クリスの価値観は「強く正しいアメリカ」から揺らぐことはなかった。彼の頭の中には、絵に描いたような悪と闘うヒーローのような自分の姿があったに違いない。しかし、意気揚々とイラク戦争に出かけた彼を待ち受けていたのは、そんなわかりやすい敵ではなかった。彼が初めて殺したのは、爆弾を持っていた女性と、幼い少年だったのだ。ベトナム戦争もそうだったが、相手の懐に飛び込んでの戦争は、ゲリラ戦になる。女性も、老人も、子どもも、武器さえあれば簡単に「敵」になるのだ。もがけばもがくほど、深みに沈んでいくような血まみれの戦地から帰還してみれば、戦争などどこにも存在しないかのような本国の脳天気さが待っている。クリスが派遣された戦争には、倒すべきわかりやすい悪も存在しなければ、守るべきか弱きものも存在しない。その空しさの中で殺し合いをしていくうちに、クリスにとっての戦争は、仲間を殺していく相手方のスナイパーへの私怨へと変化していく。つまり、大義ではなく感情なのだ。自分の同期の男が殺されて復讐にいった戦闘で返り討ちにあう。その恨みが忘れられないクリスは、周りじゅう敵兵だらけ、四面楚歌の状態で命令に反してスナイパーへの一撃を放つが、そのせいで彼の部隊は総攻撃をくらう。クリスは、殺したいという自分の欲望を抑えることが出来なくなってしまったのだ。

開高健が、『歩く影たち』の中の一篇で、アメリカ軍の将校が、短い休暇のあとでそわそわと戦地に戻っていく姿を描いていた。彼が、人を殺したがっていたということに、別れてから気付いたときの衝撃が忘れがたい短編だったが、クリスも同じように精神を蝕まれていく。アメリカに帰国しても、過剰な暴力性を抑えられないのだ。映画は一見彼がPTSDから雄々しく立ち直ったかのように描かれている。(実際に、同じように心を蝕まれた帰還兵士たちを助ける軍事会社を立ち上げて活躍していたらしい。)しかし、私には最後まで彼が立ち直っているとは思えなかった。最後のシーンででクリスと妻が愛を確かめ合うシーンがあるのだが、なんと彼は妻に拳銃を突きつけて「服を脱げ」と言うのである。もちろん冗談交じりの口調ではあるが、幼い子どもたちがいる前で妻に拳銃を突きつける、という行為自体が完全におかしい。しかも、出かけるときに、その拳銃をひょい、と家の梁の上に置きっぱなしにするのだ。クリスが幼い頃に、銃を地面に放り出して父親に酷く怒られるシーンが映画の冒頭に伏線としてあるところをみると、この銃の扱いの粗雑さも、彼の異常さを浮かび上がらせるイーストウッドの仕掛けの一つなのではないかと思う。イーストウッドは、そういう小さな仕掛けをあちこちにしのばせている。イラク側のスナイパーの傍らには、クリスの妻と同じように赤ん坊を抱く彼の妻がいる。また、クリスたちが暴力で情報を引き出したイラク人の家族は、ネタを売ったことでイラク兵に殺されてしまう。ネガとポジをひっくり返すように、敵にも味方にも同じように守ろうとするものがあることを、そして弱いものが守られるどころか、まず踏みつけられていくことが、容赦ない戦闘シーンと共に刻み込まれていく。何とこの映画の撮影中に、モデルとなった人物が帰還兵に殺されてしまうという事件が起こり、エンドロールにはその実際の葬儀の様子が流される。映画で描かれている凄惨な戦争と、英雄として葬られる葬儀の美しさとのギャップは、酷くもの悲しかった。

イラク戦争で160人を射殺した人物を主人公にしたこの映画が、一体反戦なのか、それとも戦争賛美なのかという議論がアメリカでは巻き起こっているらしい。監督したクリント・イーストウッドは、それは見るものが考えることだと何も語らない。多分彼は、アメリカという国から見た戦争を、ごろん、と深くえぐり取って観るものの前に無骨に転がしてみせたのだ。反戦か否か、というわかりやすい箱に入れるのではなく、その狂気も大義も、大義に踊らされる個人の苦しみも、人が戦争に惹かれる快感も含めて、一人の男の姿に戦争を、ただ語らせた。「愛するものを守りたい」というわかりやすい大義を背負って戦争に行ったスナイパーが、現実の殺し合いの中で、どんどん私怨に心を縛られ、蝕まれていく。戦争という非日常に煽られていく感情の暴走を、間近に肌で感じさせられる二時間だった。

大塚 忍 写真展 「birthday」

私の長年の友人が、大田区に新しくオープンするギャラリーで写真展を開きます。

大塚 忍 写真展

「birthday」

2015.3.27(fri) ~ 4.10(fri)

  ギャラリー 南製作所 

  〒144-0034 東京都大田区西糀谷2丁目22-2  木曜日定休

http://immigrantp.exblog.jp/23791551/

ここは、オーナーの水口惠子さんのお父様が機械工場を営んでらした場所です。

以前、ここで大塚が水口さんのダンスとコラボした写真を見たことがあります。

http://immigrantp.exblog.jp/16993186/

長年使い込まれた機械たちと水口さんが語り合っているようでした。

今度はギャラリーとして生まれ変わったから、「birthday」。

工場萌えの方には垂涎もののギャラリーになっているそうです。

工場と大塚の写真が、どのような融合と化学反応を見せてくれるのか、楽しみです。

お近くの方、ぜひ足をお運びくださいませ。

私も大阪から行こうと思っています。

 

[映画]おやすみなさいを言いたくて エーリク・ポッペ監督 ノルウエー・アイルランド・スゥエーデン合作

何年ぶりだろう、インフルエンザにかかってしまった。くたくたなのだが、頭の芯にしこりのようなものがずっとあって眠れない。熱のせいと、ここ数日ずっと報道されているイスラム国による誘拐事件のことが頭から離れないせいだ。人質になっている本人とご家族の恐怖と孤独はいかばかりだろうか。湯川さんはもはや殺されてしまったのだろうか。赤ちゃんを産んだばかりという後藤健二さんの奥様がどんな思いで夜を過ごしてらっしゃるかを想像すると、とにかく一刻も早く救出して欲しいと心から思う。後藤さんは戦地の子どもたちを取材し、世界に発信していた人だ。日本ではこういう時にすぐ自己責任論を持ち出す人がいるが、私たちが戦地の実情や悲惨さを知り得るのは、彼のようなジャーナリストが報道してくれるからこそなのだ。どうかご無事で、と祈るように思う。

先日見たこの映画は、紛争地帯を取材する戦争カメラマンの女性が主人公だった。しかも、冒頭のシーンは中東での自爆テロへの潜入取材から始まるのだ。死を覚悟して生きながら葬儀もすませ、しなやかな若い体に爆弾を巻き付けて車に乗る女性。主人公のレベッカは、彼女に、彼女を見送る同士たちに、刻々とカメラを向けてシャッターを切る。静謐な死の気配の中で、そのシャッター音だけが響くのだ。これから死のうとする人にまっすぐレンズを向けシャッターを押す、ためらいなく押し切る。そのプロとしての覚悟と胆のくくり方を、ジュリエット・ビノッシュは見事に演じていた。その根底にあるのは、理不尽な暴力や死に対する強烈な怒りであり、使命感なのだが、この映画ではカメラマンの本能のようなものをもう一つ掘り下げて描いてある。その本能に抗えないほど骨の髄までカメラマンである女性を演じきったジュリエット・ビノッシュが素晴らしかった。   スーザン・ソンダクは『写真論』の中で「写真を撮るということは、他人の(あるいは物の)死の運命、はかなさや無常に参入するということである」と述べていた。写真を撮るということは、時を止めることだ。動いているものも、呼吸しているものも、本来なら移ろうものを固定化する。撮った瞬間、映像になって切り取られるものは、もはやこの世界には無いものなのだ。目の前に常に強烈に生と死が輝いていて、それを客観的に切り取れる人だけがカメラマンの目を持っているのだと私は思う。写真というものが、何とも言えずに生々しく、壺のような静物を撮ってさえ時にエロチックであるのは、そこに常に死があるからだ。レベッカは、自爆テロに向かう女性の乗る車から降り際に、危険だと知りながら群衆の中で彼女の写真を撮ってしまう。それが引き金になってその場所で爆発が起こり、その場にいた人たちをレベッカも含めて巻き込んでしまう。若い女性が自爆テロ犯になる残酷さを撮るためだけなら、もう十分なほどシャッターを切っていたにも関わらず、テロ犯の女性の面差しに魅入られるようにシャッターを押してしまう。その本能が死に結びついていく凄惨さ。そして、そのカメラマンが母であり、妻であるということが、よりその凄惨さを際立たせてしまうのだ。他人の不幸にカメラを向ける、その残酷さを、この映画はまっすぐ見つめようとする。

レベッカは夫から、常に危険と共に生きることに耐えられないと最後通告を受ける。彼女の家庭のあるアイルランドはそれはそれは穏やかに美しい場所だ。優しい夫と可愛い娘たちのために、レベッカは一旦カメラを捨てようとする。しかし、安全だからという触れ込みで長女を連れていったケニアでいきなり動乱に巻き込まれ、レベッカは長女を置いてカメラを構え、争いの中に突入してしまう。本能に抗えなかったのだ。群衆になぎ倒されても前を向いてシャッターを押し続けるジュリエット・ビノッシュは、まさにカメラマンそのものだった。結局家を追い出され、全てを捨てて、またレベッカは戦場に向かう。しかし、また冒頭と同じ自爆テロの潜入取材の場面となるラストでまた監督はもう一つどんでん返しを用意する。今度のテロ犯が自分の娘と同じ年頃の少女であることを知ったレベッカは、今度はシャッターを切ることが出来ないのだ。何度試みてもどうしても出来ないまま、レベッカが地面の上にカメラを持って崩れ落ちるところで、映画は終わる。

戦争や饑餓などの凄惨な苦しみを撮影することには、常に人道的な議論がある。人の中に残酷なものをみたいという欲望があることも、その議論をややこしくする。写真を撮ることは傍観者であることでもある。冒頭の静謐な沈黙の中に響くシャッター音は、その残酷さを静謐な中に響かせる。プロである彼女にとってテロ犯は「被写体」なのだ。しかし、最後にレベッカはテロ犯を自分の娘と重ねてしまった。その瞬間、テロ犯の少女は見知らぬ被写体ではなくなってしまった。名前と顔と体温を持つかけがえのない存在になってしまった。もはや彼女は傍観者ではない。少女に心を寄せたその瞬間レベッカは、目の前で奪われようとする命の理不尽さに、その重みに改めて押しつぶされてしまったのだ。一枚の写真。そこに映っている眼差しと向き合うことの苦しみを、この映画は観るものに投げかける。

テレビをつければそこにある後藤さんの写真に、こちらを見つめる眼差しに、私もただ打ちひしがれている。こんな世界の片隅でブログを書いているだけの私に、何が出来ようか。ただ、彼の苦しみを思うしかない。想像するしかない。見ているしかない。手を差し伸べようもない。写真を撮るものの残酷さを、その写真を見るものは常に共有しているのだ。でも、だからこそ、見ないふりをするのではなく、自らの残酷さも含めて、目をそらさず見つめようと思う。自分の家族も救えないちっぽけな私であるけれど、なぜ、こんな写真が撮られることになったのか、もつれた糸の端がどこにあるのか、考えようと思う。地面に崩れ落ちたレベッカは、きっとまた立ち上がって写真を撮ると思うのだ。彼女は、今度は傷ついた子どもたちにカメラを向けていくのではないか。彼女が打ちひしがれたのは娘への、命への愛情ゆえなのだから。中東の子どもたちの苦しみを取材しようとした後藤さんも、何度も何度も打ちひしがれた人ではなかったのだろうか。そんな気がする。

子どもたちの未来、子どもたちの本の未来 フォーラムポスト3.11

少し前になるが、11月15日(土)に京都の平安女学院でで行われた日本ペンクラブ主催のシンポジウム「子どもたちの未来、子どもたちの本の未来」に行ってきた。第一部は野上暁さんの基調講演「3.11後の子どもの本」.。第二部はパネリストの児童作家の方々によるシンポジウム。朽木祥さん、越水利江子さん、芝田勝茂さん、濱野京子さん、ひこ・田中さん、松原秀行さん、森絵都さんがパネリストとして参加されていた。

第一部の野上暁さんの基調講演は、関東大震災後の日本の歩みを振り返ることから始まった。野上さんの作成された年表を見ながら3.11のあとの日本と重ねあわせてみると、これが、もう、ぎょっとするほど似ているのだ。震災に、その後の不況。中国や韓国との摩擦。右傾化していく中で、治安維持法や言論統制が行われていく。ひこ・田中さんが「我々は既に戦前を生きはじめている」とおっしゃられていたが、まさにその通りだと背中が寒くなる思いだった。その流れの中で、アニメーション、紙芝居、演劇、映画が統制され、児童文学も国威発揚の一端を担わされていった。その歴史も踏まえて、今、児童文学に何が出来るのか。それを問う講演だったと思う。その後のシンポジウムは、パネリストの作家さんたちの発言から始まった。ヒロシマをライフワークにしている朽木祥さんの「戦争を正しく記憶して警戒する」、「共感共苦を抱くことの出来る心」、という心に刻んでおきたい言葉。越水利江子さんの「子どもを守りたい、読者を守りたい」という強い気持ちから訴えられた反原発と面白い本をいっぱい書きたいという決意。社会派として、3.11後の変化を形にしたい、と語る濱野京子さん。特定秘密保護法案後の日本で作品を書いていくことについて語ったひこ・田中さん。松原秀行さんは、親族が3.11で被災され、その後被災地で独自の活動をされている。そして、森絵都さんは、3.11後に刊行された『おいで、一緒に行こう 福島原発20キロ圏内のペットレスキュー』『希望の牧場』の2冊から、弱い命が切り捨てられていること、人との出会いが作品を生み出していくことを語られた。日本ペンクラブの会長である浅田次郎さんも、忙しいスケジュールの合間を縫って、足を運ばれていた。

私は、今、強い危機感を持っている。自民党が政権を取り返してから、ひたすら右傾化の道を歩んでいること。特定秘密保護法も集団的自衛権の容認も、全く議論されないままに押し切られてしまった。マスコミが「反日」「売国奴」など、いつの時代の言葉なのかと思うような口汚さで近隣諸国との対立を煽っている。原発事故のあと、一旦は廃止に向かっていたベクトルが、ここにきて反対の方向に動き出していることも恐ろしい。復興どころか、未だに仮設住宅に住む人々がおられるのに、東京がオリンピック、などと言い出したのにはびっくりしたが、もはや誰もそのことに違和感を感じなくなっていること。ひたひたと暗い波が押し寄せてくる実感が日々強くなる。だが、選挙を間近に控えたこの時期にも、争点としてテレビで放映されるのは経済と消費税ばかり。なんでやねん!と一人テレビに突っ込む日々だ。子どもの物語を書く人は、当たり前だが子どもを見つめている。私たち大人が子どもに手渡すのが、黒い波にのまれていく日本であっていいはずはない。基調講演とパネリストの方々の話を聞き、その危機感を改めて認識できた。

濱野京子さんがおっしゃったように、3.11が児童文学において語られていくのは、まだまだこれからだと思うし、そうでなければならないと思う。子どもの本は、大人の本では語れない希望が、まっすぐな眼差しでみつめるものや真摯な心が語れるはずだ。そこに惹かれているし、そこが私の希望でもある。その希望が間違いではないと思わせてくれたシンポジウムだった。私も微力ではあるが、顔をあげてきちんと声をあげて語っていこう。子どもたちの未来は、私たち大人がどれだけきちんと過去を見つめ、記憶し、そこから学ぶことが出来るかにかかっているのではないか。それは決して自分たちに都合のよい過去であってはならない。

 

[映画 チョコレートドーナツ] トラヴィス・ファイン監督

とにかく、主演のアラン・カミングが素晴らしい!彼の演じるルディは、その日暮らしのゲイのダンサーです。ショービジネスの中で生きる色気と、散々傷ついてきた苦しみと、孤独に汚されずに息づいている純粋さが見事に一つの表情に見え隠れするのです。冒頭のドラァグクイーンとして踊る姿も魅力的だけれど、ドラマが展開していくにつれて、今度は内面から溢れてくる光が彼を美しく照らして、見ほれてしまいました。そして、折々に入る歌声が、またいい!あの歌声で、感動は確実に何割増しかになってますね。

ルディは、店に来た弁護士のポールと恋に落ちるのですが、奇しくもその日、麻薬常習者の母親に取り残された、ダウン症のマルコという少年と出会います。親の愛を知らずに育ってきたマルコを、優しいルディは手放せなくなってしまう。その気持ちを知ったポールは、自分の家で一緒に暮らそうと二人を誘って、ルディとポールは、マルコの両親となります。このとき、ルディがデモテープを作るために、二人の前で歌う“Come to me” が、素晴らしい。ハロウインやクリスマスでの三人の笑顔。海辺で寄り添うマルコとルディ。その光景があまりに美しくて、儚くて、きっとこの幸せがすぐに壊れてしまうだろうことが暗示されていて、とても切ない。この映画の舞台は1979年。車の中でルディとポールがいちゃいちゃしているだけで、警官に銃を突きつけられるシーンがあって驚いたのですが、この当時は同性愛が即犯罪であるという認識だったわけです。当然、彼らへの世間の風当たりは、恐ろしく厳しく、マルコは家庭局に連れ去られてしまい、ポールは自分の仕事を失ってしまうことになります。

ここからの、ルディとポールの闘いは壮絶です。いくら彼らが愛情深くマルコを育てていたことが証言されても、裁判で繰り返されるのは、ただ、彼らの性生活をほじくり返し、揶揄することばかり。差別と偏見の壁は、彼ら三人を打ち砕きます。ただ、一緒にいたいだけという彼らの愛情は、法律という網の目からこぼれ落ちてしまう。それは、世間の枠組みに当てはまらない愛情だから。自分には何の関係もないのに、あの手この手でルディ達を追い詰めるポールの上司の弁護士が出てくるのですが、ルディとポールが苦しむところを見ながらほくそ笑む彼の顔には、マイノリティへの被虐の快感がにじみ出ていました。一緒に映画を見た若い友人が、なぜあんな意地悪をするのかわからない、と言っていましたが。弱いものを踏みにじりたいという欲望、それも正義の名を騙って自分の支配力を確認したい人間は、たくさんいるんですよね。それは多分、私の心にも住んでいる。そう見るものに思わせるだけの深みが演技にありました。一歩間違えればセンチメンタリズムに流されかねないテーマに分厚さを与えているのは、この脇を固める俳優陣の素晴らしさだったのかもしれません。数シーンしか出てこないマルコの母親が、底知れない虚無に包まれていたのも胸に刺さりました。

ネタばれになるのでこれ以上ストーリーは書きませんが、ラストはハッピーエンドではありません。映画館中、すすり泣きの声でえらいことになっていたぐらいです。でも、心の中にとても暖かいものが残ります。ルディとポールは、楽な道を選ばなかった。どんなに傷つけられても、マルコを守ろうとした。自分が愛しているものへの気持ちを汚され、笑われることって、とても凹みます。でも、やっぱり自分が愛しているものは、自分が守っていかなくちゃいかんのだわ、と。例えその結果が敗北の形をとったとしても、それはいつか、光となって自分の中に帰ってくる。ルディが最後に歌った“I Shall Be Released ”は、ずっと私の胸の内で鳴り響く臆病な自分を励ますテーマソングになりそうです。

[映画]ドストエフスキーと愛に生きる ヴァデイム・イェンドレイコ監督

翻訳という仕事を、私はとても尊敬している。私は外国文学が大好きだが、それも翻訳して下さる方がおられるからこそ。(今月号の『考える人』も「海外児童文学ふたたび」と題した外国文学特集で、思わず買ってしまった。)信頼できる翻訳家の方の名前が表紙にあると、「これは読まねば!」と嬉しくなるのだ。この作家ならこの方、という名コンビも多々ある。アーサー・ランサムなら神宮輝男さん。今の朝ドラになっている村岡花子さんとモンゴメリ。ミルンと石井桃子さん。・・・もう、書いても書いても書き切れないほど名翻訳がたくさんある、これは非常に幸せなことだが、元を正せば、そもそも日本の近代文学は児童文学も含めて、翻訳を通じて始まったのだ。そう思うと、「翻訳」という仕事は幾世代にもわたって交流していく大きな橋をかけるお仕事に違いないと思う。

この『ドストエフスキーと愛に生きる』というドキュメンタリーは、スヴェトラーナ・ガイヤーというドイツ在住のロシア語翻訳家の暮らしを追ったものだ。84歳の彼女は、ドストエフスキーの翻訳に取り組んでいる。彼女曰く、「五頭の象」、『罪と罰』『カラマーゾフの兄弟』『白痴』『悪霊』『未成年』という、目眩がするほどの大作に、真摯に向き合う日々が描かれる。 翻訳家の作業を、こうして映像で見せて貰うということに、まず感動した。綿密な準備に、細かい読み合わせを人を替えて何度も行う、その労力といったら。翻訳をするということは、原文に忠実であることと、俯瞰した視線で言葉の向こうにあるものを捉える批評家としての作業を同時に進行させていくことなのだ。スヴェトラーナは作中で、文学で書かれたテキストを緻密に織られた生地にたとえているが、翻訳も、オリジナルへの忠実さを横糸に、ありとあらゆる教養と、人生を見つめる深い眼差しを縦糸に織り込んで出来上がるものなのだろうと思う。この映画は、その彼女の縦糸の部分に深く分け入っていく。暖かみのある手仕事の数々で飾られた家。リネンに丁寧にアイロンをかける、折り目正しい生活の美しさもさることながら、私が引きつけられたのは、彼女の過去への旅だった。

スヴェトラーナはウクライナ出身で、父親はスターリンの大粛正による拷問が原因で亡くなっている。その娘であるということは、一生反体制の人間として冷遇されて生きていくことなのだ。ちょうどそのとき、キエフはナチスドイツに占領される。語学に秀でていた彼女は、敵国であるドイツに協力し、ドイツ軍が引き上げていくときに共に出国して奨学金を得て安定した職を得ることになる。父親は15歳の彼女に、収容所での一部始終を語ったのだが、スヴェトラーナは全くその内容を覚えていないらしい。生きるために、幼かった彼女はその記憶を封印してしまったと言う。ドイツはどん底の彼女に手を差し伸べ、救ってくれた。しかし、同時にキエフのユダヤ人を殺害し、ヨーロッパ全土で何十万人という人たちを収容所に送り込んだのだ。彼女の友達もキエフの谷で虐殺されたという。15歳の彼女が、母と二人で懸命に生き抜いていくときに、何があったのか。何を見て、何を感じたのか。過去について、彼女は多くは語らない。しかし、65年間一度も帰らなかった故郷を「月よりも遠いところ」と言う彼女にとって、過去は年老いてますます重く胸に刻まれていたものではないかと思うのだ。それは時間が経ったから消えてしまうような生半可な記憶ではなかっただろうと思う。翻訳という自分の仕事に対する勤勉さについて問われたスヴェトラーナは、「負い目があるのよ」と答えていた。もちろん、それだけで語れてしまうほど簡単なことではないだろう。しかし、晩年になって、ドストエフスキーの新訳に全てを注ぎ込む彼女の記憶と思いを想像すると、粛然とするのだ。キエフの若い人たちに、「自分の心の声をよく聴くこと。もし、それがそのときの常識とかけ離れているとしても」(記憶だけで書いているので、原文そのままではありません。念のため。)と彼女は説いていた。それは、大きな波に飲み込まれようとするときに、自分の心にどんな羅針盤を持つかという意味ではないだろうか。その羅針盤を心に宿すための闘いが、彼女の残したいものなのかもしれない。だから、彼女は取り憑かれたように仕事をせずにはいられない。このドキュメントのさなかに、彼女は最愛の息子を失う。その悲しみも、過去の痛みも、愛情も、誇りも、全てを背負い、厳然と窓辺に座って言葉を選んでいく彼女の姿から、最後まで目が離せなかった。彼女の訳では、『罪と罰』は『罪と贖罪』というタイトルらしい。読んでみたいと心から思う。彼女は87歳で亡くなられたそうだが、きっと最後の最後まで仕事をされたことだろう。ドイツ語のドストエフスキーは一生読めないけれど、私も、「五頭の象」を、もう一度読み直してみたくなった。文学好き、特に外国文学好きな方にはおすすめの映画です。