設定がとても面白いファンタジーなのですが、その設定ゆえに、主人公たちの心の中まで霧の中になってしまい、最後まで共感がもたらす心の震えを感じることが出来なかったのが残念です。
物語は、大きなお屋敷の下働きの少女サリーが、図書室で本を閉じるシーンから始まります。お屋敷はクモの巣のような廊下と、幾つあるのかわからない部屋と、東西南北にそびえる大きな塔、地下の迷路まである壮大なもの。サリーはそこから出たことがありません。いきなり夜の晩さん会にかり出されたサリーは、そこで客の何人かが死んでいく恐ろしい光景を見ます。どうやら、このお屋敷は普通の世界にあるのではないらしい。館の中の人は何度死んでも生き返り、図書室の仲良しの司書は梟だし、庭園にいる猫は、サリーに語りかけてくる。どうやらこのお屋敷は、邪悪な霧の王を閉じ込めるための時の止まった空間らしい。そして、サリーは、この世界のゆがみを正す唯一の存在らしい・・・ということが、読み進めるうちに段々とわかってきます。
凝った装丁と、各章の初めに施されている繊細な挿絵。贅沢な調度や料理のあれこれを読む楽しさ。美しい庭や果樹園の描写なども素晴らしくて、印象的なシーンがたくさんあります。RPGのゲームのように、大きな図書室をホームに、壮麗なお屋敷や地下迷路のダンジョンを探検したくなる。どこまで行っても霧の中、というあやかしの世界をさまよう面白さがあります。狼の頭に手を触れてワープしたりする面白い仕掛けもあって、そこがとても魅力的なのですが・・・その霧が、いつまで経っても晴れない。主人公のサリーは、霧の王をこの屋敷に幽閉した猫の女王・サラのもうひとつの姿らしいのです。しかし、サリーはそのサラの記憶を今は失っていて、なぜ自分が霧の王に立ち向かわねばならないのかがわからない。サリーの人格や個性が、設定に引きずられるままに最後まではっきりしません。そして、頭に霧がかかったサリーを導く役のわき役たちも、やはり、いまひとつキャラクターがはっきりせず、皆で右往左往したまま最後まで行ってしまうんですね。だから、ストーリーの中で誰かに感情移入することがしにくいのです。皆、ぼんやりと輪郭がかすんだまま・・・それが設定の在り方ではあるのですが、やはり物語というのは、主人公と一緒に心の旅をするものであると思うのです。そこが弱いというのが非常にもったいない気がしました。そして、これは私の理解力の故かもしれないのですが、この霧の奥にあるはずの、登場人物たちの真の姿が織り上げる物語の在りようも、しっかりと伝わってこない。だから、最後に霧が晴れたときのカタルシスが、あまり無いんですよねえ。右往左往した割には、あっけなく最後の闘い(?)が終わってしまう・・・というか、実質的にサリーはなんにもしてないというのも、感情移入しにくい理由の一つかもしれません。
何やら文句ばかりつけたような文章になってしまいましたが(汗)文章や設定の魅力と、筋運びとのアンバランスさが何やら歯がゆくて、ついあれこれ書いてしまいました。ファンタジーって、難しいもんですねえ。うーん・・・。でも、この作者は最近矢継ぎ早に作品を発表しているらしいので、翻訳されたらぜひ読んでみたいと思っています。いろんな要素がぱん、とツボにはまったら、傑作が生まれるんじゃないか。そう思わせる作者でもあるのです。いろんな意味で気になる一冊でした。
2012年12月刊行
東京創元社