さくら村は大さわぎ 朽木祥作 大社玲子絵 小学館 

久しぶりの朽木さんの新作。春らんまんのさくら色の表紙に心が躍る。

表紙を開くと「風色湾」という文字。朽木ワールドファンにはなじみ深い場所だ。
ああ、久しぶり、と嬉しい物語の空気を深呼吸する。

 

風色湾の「さくら村」では、子どもが生まれたら、庭にさくらの木を一本植える約束がある。だから、春には村中がさくら色。トウモロコシ農家のハナちゃんこと「わたし」を語り手に、村の子どもたちと大人たち、そして動物たちが繰り広げる、ささやかで、それでいてわくわくする毎日。海と森と湿地がある、自然豊かな村には、季節の移り変わりと共に心躍ることがたくさん起こる。それを心待ちにするのは、なんて素敵なことなんだろう。何より、この村は、風通しが良くてとても居心地がよさそうだ。ずっとこの土地に住んでいる人も、新しく引っ越してきたパン屋さんの一家も、カワセミじいちゃんも、いたずら者の双子も。海からの風に吹かれて、助け合って気持ちよさそうに暮らしている。とても包容力のある共同体なのだ。
 

村には時々事件も起こる。トウモロコシ畑にニワトリと、お腹をすかせたドロボウがやってきたりもする。このもじゃもじゃさんというドロボウの行く末がとても気になったのだけれど、この村の包容力は、行き場のない人をちゃんと受け止めて、温かい。最後まで読んだとき、それがどんなに嬉しかったか。心に染みたか。きっとこの村は、子どもたちの、とっても素敵な心のふるさとになるだろうなと、確信した。

毎週楽しみに聞いている高橋源一郎さんのラジオ「飛ぶ教室」の2月5日の回で、高知の沢田マンションが紹介されていた。夫婦二人で作り上げた沢田マンションは、実に自由な造りの融通無碍な場所で、ご夫婦は、困っている人がいれば、保証人だ、入居審査だということは何も言わずに、目を見て大丈夫だと思えれば部屋を貸すという方針だったらしい。従って、沢田マンションは、様々な事情を抱えた人たちの駆け込み寺のようになっていたという。高橋源一郎さんの、こういう場所を「アジール」というのだという言葉が、胸に響いた。困っている人を、ごく自然に懐に入れてしまえるような場所。思えば、文学もひとつの「アジール」だ。ここに帰って来れば、心がほっとやすらいで、人を信じる気持ちになれる。生きる喜びを感じることができる。そんな場所がどんなに大切なことか。

 
この「さくら村」は、リンドグレーンの「やかまし村」のように、子どもたちに愛されるシリーズになるんじゃないか。だって、まだまだ語られないさくらの木の秘密がたくさんありそうなんだもの。最後にもまた、新しい秘密が増えているし。ぜひ、そうなって欲しいと、ファンは強く願っている。もっとこの村の物語が知りたい、読みたい。

2021年2月刊行 小学館

 

 

 

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