ふたつの月の物語 富安陽子 講談社

置き去りにされた双子。人里離れた神社に伝わる神事。狼の血をひく、青く輝く瞳を持つ少女。横溝正史の世界のような伝奇ホラーの雰囲気を湛えた、YA小説です。富安さんのYAものを読むのは初めてなんですが、幻想的なモチーフを使いながら、主人公の双子の少女のキャラがそれに負けずに立っていて、読み応えがありました。

離れ離れに育っていた双子が、大きくなってから出会うという設定や、人里離れたお屋敷とか。代々伝わる神事とか。さっきも書きましたが、横溝正史シリーズを連想させるような要素がいっぱいです。若い頃好きだったんですよね、私も。古本屋をあさって全部読んだ身としては、何やら懐かしい昭和の香り(笑)すっと体に馴染んでお話に入っていけました。若い頃って、こういう因習の匂いのする物語が、かえって新鮮で面白かったりしますよね。『獄門島』とか、『悪魔の手毬唄』とか、タイトルを書くだけで、今でもちょっとワクワクする(笑)私が言うまでもなく、民俗学がからむミステリーというのは日本では一つの王道です。富安さんも、こういうジャンルがお得意の方だけあって、雰囲気作りはお手の物。出だしの少女二人の登場から、ぐぐっと読み手を引き込む力があります。

私がいいなと思ったのは、主人公二人のキャラです。美しくて聡明で、人間離れした嗅覚を持つが故に、人から浮いてしまう少女・美月と、行動力旺盛でまっすぐな気性の、テレポーションの能力を持つ少女・月明。二人でひとつのような彼女たちが、自分で考えて行動し、自らの出生の謎を解いていくのが読んでいて気持ちよかった。児童文学の手練れの富安さんは、二人の性格や表情を活き活きと描きます。富豪の女性、津田節子が何の目的でそんな二人を引き取ったのか。それがこの物語の核心で、二人の出生の秘密と深く関わる部分です。そこを語ってしまうとネタばれになってしまうので伏せますが、最愛の孫を失った節子の深い悔恨と悲しみが、その目的の裏にあります。人の生死の理を超えようとしてしまうほど、節子はその悲しみに囚われている。愛するものを失う悲しみ、しかも逆縁で愛するものを失う苦しみは、筆舌に尽くしがたいものがあると思います。でも、悲しいことに、私達は、そんな理不尽の中に生きている。

昨日、『菖蒲』という映画を見てきましたが、そこに描かれていたのは、やはり別れという名の理不尽に戸惑う人間の姿でした。どんな人生経験を積もうとも、私たちは「別れ」に慣れることはない。でも、その辛さと悲しみの中に、一番尊いものがあるのではないか。私は、そう思いながら昨日帰ってきたのです。ラストシーンで、若い男の子を抱きしめる主人公の中年女性は、我が子を失って泣くピエタを思わせました。節子の悲しみは、人を愛したが故の喪失の苦しみです。受け入れられない、飲み込めない事実―でも、再び自分の近くに少女たちの若い命を感じたとき、節子の心に、優しさが生まれた。理不尽に打ち砕かれても、悲しみに打ちひしがれても、またその中から誰かを思う気持ちが芽生える。それが、理不尽に翻弄されて生きている、私達に与えられた唯一の祝福なのかもしれません。途中まではらはらしながら読んでいた物語は、思いがけず穏やかな充足をもたらせて終わります。節子さんの満足が切ないけれども、心に沁みました。酒井駒子さんの表紙と装丁も、夜の匂いのするこの物語にぴったりあって、さすがの出来栄えでした。

2011年10月刊行
講談社

by ERI

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