祈りよ力となれ リーマ・ボウイー自伝 東方雅美訳 英治出版

「希望を持つこと以上の苦しみがあるだろうか」
この言葉の重さが、同じ女として深く心に響いた。私たち女は、何があっても日常を保とうとする。だって、子どもにはご飯を食べさせなければならないもの。洗濯をし、少しでも清潔であろうと心を配る。時には、もう何をする気力もないと思っても、日常を放棄することは、たった一日だって出来ない。それが、「生きる」ということだから。心折れてしまう毎日の中で、少しだけ光が見えたとき、「今度こそは」と希望を抱く。でも、その希望が打ち砕かれたとき、見えたと思った光は、刃となって心を貫くのだ。この本は、内戦によって、何度も何度もとことん希望を打ち砕かれた女性が、自ら立ちあがり、希望を現実にした事実を綴った本である。アフリカの内戦について、いろんな本は読むのだが、この本ほど他人事ではないと思ったことはない。女として。子どもを産んだ母として。理不尽な暴力に痛みを感じる人間として、心に深く刺さる本だった。

リーマ・ボウイーさんは、昨年(2011年)のノーベル平和賞を受賞した方だ。リベリアという内戦が続く国で、初めて女性たちが団結して立ちあがり、男たちが成し遂げられなかった停戦を実現させた。その活動の中心となった方である。この本で語られるのは、彼女の半生。リーマさんは、希望溢れる18歳の大学生だった。本当に、日本にも普通にいる、将来のあれこれを普通に思い描く大学生だったのだ。そんな彼女が内戦に翻弄され、夫にDVのような扱いを受けながら4人の子どもを産み、その後シングルマザーとなって働きながら、現在のような平和活動に従事するまでの過程が、率直に語られている。権力・利益・富・有利なポジション。それが、古今東西変わらぬ戦争のモチベーションだ。しかし、その争いで殺され、とことん傷つけられるのは、子どもと女性である。以前『戦場から生きのびて ぼくは少年兵士だった』(イシメール・ベア 河出書房新社)という本を読んだことがある。リベリアの隣・シエラレオネで、少年兵として過ごした日々のことを綴った本だ。精神を麻痺させるために使われる麻薬と薬。少年たちは、幼い手に銃を握らされて殺戮に駆り出される。悪夢にさいなまれながら、人であることを売り渡さねばならなかった悲惨さは忘れられない。そしてこの本に書かれているのは、女性として経験した内戦の苦しみだ。このような女性の苦しみは、なかなか報道されないし、表に現れない。それは日本でも同じだと思うが、例えば性的な暴力を受けた苦しみは、声高に語ることさえできない性質のものだ。家族にさえ話せない。

―女はスポンジだ―と、私は思う。すべてを自分のなかに吸収する―別れた家族のトラウマも、愛する人の死も、子供や夫の話を聞き、社会や信念の体系が破壊されるのを見て、その痛みまでも吸収する。女は強くなければならず、愚痴を言うことや経験を誰かに話すことさえ、弱さを示すことだからと全部を抱え込んでしまう。

どうやら、戦争における殺戮の欲望は、性的な暴力と深く結びついているように思う。戦争の惨禍をとことん見つめたゴヤが「我が子を喰らうサトゥルヌス」で描き出したように。リーマさんも、レイプの被害こそないが、その例外ではない苦しみを舐めている。戦争の精神的な混乱の中で結婚した夫に、DVを受け、蔑まれながら4人の子を産んだ。その苦しみから立ちあがろうとし、女性のためのトラウマヒーリングの活動に参加しはじめたところから、彼女の闘いは始まった。女性たちが、自分たちの経験した恐怖や苦しみを打ち明け合い、共有すること。そこから、女性達の輪は広がり始めたのだ。そこには、権力や富や、支配欲などは何も関係ない。ただ、自分たちが女であること。奪われ続けることにうんざりしていること。「平和が欲しい」ということ。その祈りが繋ぐ絆だった。もちろん、うんざりするほどのややこしい諍いや、もめ事があったことも書かれている。しかし、「平和が欲しい」という女性たちの座り込み、非暴力の訴えは、男たちが為し得なかった停戦を実現したのだ。

このリーマさんたちの闘いは、女として全く他人事ではない。日本でも選挙が始まって、何やら鼻息荒く威勢のいいことを言う男たちの声が聞こえる。穿ちすぎなのかもしれないけれど、私はその興奮ぶりに、何やら欲望の気配を感じてしまうのだ。私たちが共有すべきなのは、この本に書かれているような苦しみと、平和への祈り。どんなにカッコよく聞こえる議論も、そこを踏まえたものでなければいけないと心から思うのだ。だから女は甘っちょろいんだよ、などという言葉を、この本を読んだ上で吐ける人は、誰もいないはずだ。女性もそうだけれど、男性にもぜひ読んでもらいたい一冊である。

ちなみに、『闇のダイヤモンド』(キャロライン・B・クーニー 武富博子訳 評論社ミステリーBOX)という本には、このリベリアから難民としてアメリカに避難してくる一家の話が描かれている。リベリアの元大統領が、ナオミ・キャンベルに大きなダイヤの原石を贈った話は有名だが、『闇のダイヤモンド』も、ダイヤという欲望の塊が重要な役割を果たしている。この本を読んで、あのリベリアからやってきた親子の苦しみが、余計に胸に迫る。

2012年9月刊行
英冶出版

by ERI

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