ミナの物語 デイヴィッド・アーモンド 山田順子訳 東京創元社

大好きな『肩胛骨は翼のなごり』のミナの物語・・・もう、この惹句を読んだとたん、アマゾンでぽちっとしてしまったこの本。ひとつひとつの言葉が、優しい雨のように、木漏れ日のように心に降り落ちて、沁み込んでいくのです。生まれおちて初めて空や海を見る幼子のように新鮮な眼で全てを見つめ、言葉を紡いでいくミナ。私はミナと一緒に、この世界の不思議を見つめます。何て豊穣なミナの世界!原題は『My NAME IS MINA』。ミナが自分のノートに綴った心の記録が、この本です。

ミナは、常に考えています。ミナのお母さん曰く「自分の意見や見解を持っている子」なんです。いつも驚きを持って自分と世界を見つめている彼女にとって、毎日は冒険。思考は果てしなく展開し、心はフクロウのように翼を広げてどこまでも飛んでいこうとする。その自由さといったら!この本は、ミナのノートそのものという設定で、そこがとても楽しいのです。ぴょんぴょん跳ねるウサギのように、楽しく跳ねまわる彼女の視線。美しいもの、素敵な言葉を見つけると、一直線に走り寄って言葉にせずにはいられない。

「この刺激的で、すばらしくて、不可思議で、美しくて、息を呑むような、驚きに満ちた、ゴージャスで、いとおしい、あたしたちの世界をみつめよう!」

ミナの心を書き写すアーモンドの筆は、冴えに冴えます。月の夜。地下の坑道。お気に入りの木の上。埃だらけの隣の家(そう、マイケルが越してくるあの家です)まで、ミナにとってはこの世の不思議を内包する、存在の輝きに満ちた特別なもの。その心の軌跡を、少女の瑞々しい瞳が見つめるままに書きとっていきます。この本は、ミナの心の自由そのもの。その眼差しに心を重ねるのは、心躍る体験でした。しびれた足のように堅くなっている心に血が巡る感覚・・・ル・クレジオの『地上の見知らぬ少年』のように、この世界をはじめて眼にする新鮮な喜びに、心が躍りました。ミナと一緒にこの世界を愛せる気持ちになれるんです。まだ少女であるミナの世界は、物理的に言うとほんの狭い場所なんですが、彼女の心の旅はどこまでも広がっていく・・そう、本の世界と同じです。

でも、そんな彼女は、学校という場所では異端者です。ミナにとって学校は鳥籠。彼女の羽を縛る恐るべき場所。「標準学力テスト」とミナが折り合うはずもありません。「標準」という言葉で、たった一つの価値観で、子どもを評価しようとすることに、ミナはことごとく反発します。「上手くやる」「人に合わせる」ということが全く出来ない。心に自由の翼を持つ彼女は、現実世界では落伍者なのです。ミナは、学校にいかずに、家で母の教育を受けています。今は、それでいい。でも、いつまでもそのままではいられないことも、わかっているのです。自分の心の王国では女王であるミナも、いやいや行ったフリースクールでは、おびえ、戸惑うちっぽけな女の子。

「“成長する”ことは、すばらしくて胸がどきどきするけれど、同時に、決して簡単なことではないのだろう。こんちくしょうにむずかしいことなのだろう」

自分だけの心の世界から、誰かと共有する世界へ。しなやかな心は、別の魂と出逢いたくてうずうずする。でも、繊細すぎる感性は、傷つくことを恐れ、伸ばした手を引っ込めようとする。そんなミナの葛藤が、アーモンドならではの細心さで書き綴られます。差し出そうとする手をそっと抱き寄せるようなアーモンドの優しさは、少女や少年と呼ばれる年代を生きる子たちの心に必ず届くと思います。

この本は、マイケルと新しい物語を始める、その日までの物語。彼女が、その手で新しい扉を開く、その瞬間までを綴ります。新しい扉を開いたミナは、マイケルと、スケリグと出逢い、「不可思議な存在」がもたらす奇跡を分け合います。そう。人と出逢い、勇気を出して心を繋ぐことで、世界は広がっていく。傷つきやすい魂の苦しみを見つめながら、生きる喜びを心いっぱいで抱きしめようとするアーモンドの詩情に、心深く打たれる一冊でした。この本を読んで、再び『肩胛骨は翼のなごり』を読むと、感動がひとしお。そして、またこのミナの物語を読み・・という、循環に陥ってしまう、きっと折に触れて読み返す大切な本になりそうです。山田順子さんの繊細な訳に感謝です。

明日(もう今日になってしまったけれど)は、大阪の中央図書館で、この作品の著者デイヴィッド・アーモンドの講演会があるのです。もちろん行きます!また、お伝えできることがあったら報告しますね。

2012年10月刊行

by ERI

ミナの物語 デイヴィッド・アーモンド 山田順子訳 東京創元社” への2件のコメント

  1. ERIさん、
    図書館からやっとこの本がまわってきて、やっとやっと読めました。もったいなくてもったいなくて、読み終わるのが惜しいような、ほんとにすばらしい本でした。
    わたしもきっと何度も読みます。(こんなに楽しみに待っていたのに、やっぱり買うことになってしまいました。手許に持っていたいです)
    単純なんですけど、なんだか嬉しくて嬉しくて、ミナの瑞々しい言葉を読んでいくのは、ほんとうに幸せでした。

    ERIさんのレビューを拝見して、ディヴィッド・アーモンドさんの講演会のレポートも読ませていただき(ありがとうございます。しかしほんとに羨ましい^^)物語の余韻を味わっています。
    アーモンドさんのなかにミナがいるんですねえ。
    >「物語は楽観主義と希望から生まれる」「物語は崩壊に向かう力を押し戻すもの」「人間は物語を語るもの。人は人である以上、物語を語り続ける」
    素晴らしい、素晴らしい。すごくうれしい言葉です。

    • >ぱせりさん
      コメントありがとうございます。もうね、絶対ぱせりさんのお気に入りの一冊になると確信していましたよ!ミナの言葉が自由な鳥のように囀り、羽ばたいて、私たちのところにやってきてくれた。そのことが嬉しくて仕方ないですね。ミナはアーモンドさんの心にもいるし、ぱせりさんもおっしゃるように、私たちの心にもきっといる。そう思います。内なるミナに出会うために、私は何度もこの本を開くでしょう。そして、若い人たちにも、自分のミナをこの本から見つけて欲しいですよね。

      講演会に行けたことは、とても幸せでした。もっと英語を勉強しておけばよかったと、しみじみ思いましたが(汗)まだまだ訳されていないアーモンドさんの本がたくさんあるようなんですよ。原書で読めるほどの英語力があればねえ・・とため息が出ます。翻訳出版が待たれます。

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