大きな音が聞こえるか 坂木司 角川書店

毎日がつまらない。このままオトナになっても、退屈な人生しか待っていないような気がする。「なりたいタイプの大人がいない」のがここ数年来の悩みである主人公の泳。何かに向かって努力する気力もわかず、ただぼんやりしている夏休みが、「ポロロッカ」という目標にロックオンしたとたんに激変します。狭い場所で、言葉をこねくり回して何もかもわかった積りになっていた泳が、自分の身体を使って生きることを確かめていく旅。若い身体は、成功も失敗も、すべてを糧として吸収していきます。その「骨がぎしぎしいうくらい」の成長を、物語として言葉で読む面白さに酔いました。ポロロッカというのは、月の引力が引き起こすアマゾン河の大逆流です。3mもの高さの波が河口から内陸に向かって逆流する。海の波なら消えてしまうものが、一方方向にどこまでも続いていく。サーファーには応えられない波なのかもしれません。主人公の泳は、その波に乗りたいと思うのです。

かったるいけど特に反抗もせず、学校でも空気を読んで本音は言わず、自分の居場所を確保する。最初に展開する友達の二階堂との会話なんか、THE・男子高校生の日常という感じ。この「空気を読む」というのは、日本独自の文化ですよね。お互いぶつからずに物事を進行させるという面においては優れていますが、常に束縛と排除されるかもしれないという恐れをはらみます。皆でぬるま湯にいることをお互いに監視して、抜け駆けを許さない。でも、ポロロッカでサーフィンするという目標を定めてバイトを始めたところから、その「空気を読む」文化から、泳は抜け出していきます。引っ越しのバイトも、まるで外国のような中華料理店のバイトも、お互いの空気を読めるかどうかを判断基準にするような付き合い方では、到底勤まらない職場です。そして、アマゾンという場所に行く手続きを一人でするためには、誰かが空気を読んでくれるのを待っていても何も始まらない。ちゃんと正面から話をし、自分のやりたいことを説明する必要があるのです。このあたりから、学校にいる時の泳と、自分のやりたいことに向かう場所にいる泳に違いが出てくるんですよね。違う世界に触れることで、新しく生まれてくる自分の手触りが、学校の同級生の女の子たちのゆるふわぶりとバイト先のエリという苛烈な女子の対比や、クラスメイトとの諍いを通してうまく描かれています。若いっていうことは、次々と自分の殻を抜け出していけることなんですよね。うらやましいわ、ほんとに(笑)

その脱皮ぶりが、ブラジルに渡ってからすごいことになるんですよ。このあたりからぐんぐん波に乗っていくサーファーそのものの弾けっぷりで、読んでいて面白かったのなんの。いきなり日系人の可愛い女子と・・・という展開になったときは「おいおい、調子に乗りすぎやろ」と爆笑しましたが(笑)強烈な日差しの中での濃い経験は、くっきりと光と影をつくって泳に刻まれます。違う文化や価値観に触れること。大きな自然に身一つで相対してみること。どちらも少年を大人にします。泳は外国人のパーティの船に乗せてもらい、ポロロッカに乗ることになるのですが、何しろ外国人相手に空気をどうのこうのというのは全く無理です。自分の言いたいことをはっきり言わないと、かえってややこしいトラブルを生むことになります。そして、泳はアマゾンの自然から、自分を含めた人間が、最後の最後は、自分の身体ひとつで生まれて死んでいくだけのものであることを教わっていくんですよね。河に落ちる夕焼けの中でぼんやりと自分が死ぬときのことを想像する泳は、身体と心が釣り合って過不足ない幸せの中にいるんだと思います。ただ身体一つで波に乗ることだけを考えてわいわいと過ごす船の上の男たちの、なんて楽しそうなこと。その生き物としての根源的な喜びが爆発するポロロッカのサーフィンのシーンは圧巻で、理屈抜きに楽しかった。

俺なんて、俺の身体以下の存在なんだ。カラダ、えらい。
心なんていらない。オレ、いらない。

このサーフボードの上での泳の叫びは、完全に自らの身体性を取り戻した雄叫びのように聞こえました。旅から帰った泳は、両親が嘆くほど大人になって帰ってきます。でも、そこで子どもっぽいと泳が思っていた父親からかけられるラストシーンの言葉がいいんですよね。目の前にいるよく知っているはずの人間だって、「こんなもん」と思い込んですむ存在じゃない。この父と子の関係も、この物語の面白さの一つでもあります。

これから、泳はとってもモテる男子になるに違いない。いい男になるには、旅だね!と勢い込んで本を閉じたものの、家でぐだぐだしてる息子を見つめて遠い目になる今日この頃。うちの息子たちは、いつ旅に出るのかしら・・・。などという愚痴は置いといて(笑)坂木さんの、若者たちへのエールがきこえてきそうな力作でした。読み応えたっぷりの青春小説です。

 

2012年11月刊行

角川書店