槍ヶ岳。もう、名前からしてかっこいい。先日書いた『八月の六日間』の主人公のように、「槍を責めます」と、言ってみたい。この表紙でスナップショット風にこちらを向いている少年の顔も、とても誇らしげだ。この絵本は正方形に近く、かなり大型。見開きでたっぷり山のダイナミックさが楽しめる。10歳の少年がお父さんと槍ヶ岳縦走に挑む、濃い二泊三日が描かれているのだが、どーんとした山の存在感と迫力がとても素晴らしい。何しろ槍ヶ岳だから、10歳の少年にはなかなかキツい行程なのだが、キツいからこそ身体いっぱいで山を感じる少年と一緒に、心の中の余計なものがすうっとそぎ落とされる。深呼吸したくなる。見開きには、山荘の記念スタンプが旅の行程と一緒に押されていて、それも心憎いのだ。
山では、とにかく愚直に歩くしかない。この絵本の中でも、雨の中を「もうだめだ」と何度も思いながら登り続ける場面があるが、この愚直にやるしかない、というシチュエーションは、結構楽しいものなんだと思う。しんどいけど、楽しい。しんどいから、楽しい。山頂に立って自分の歩いてきた道をたどる少年の胸の内に溢れているものを、宝物のように愛しく思った。夏休みにこんな旅の出来る父と息子が、うらやましくて仕方ない。山と、自分の後ろをずっと歩いてくれるお父さんに見守られている少年は、とても幸せだと思う。風景も清々しくて、今この季節に読むのにぴったりだ。恐ろしいほどの酷暑を一瞬忘れさせてくれる一冊。