狼の群れと暮らした男 ショーン・エリス ペニー・ジューノ 築地書館

「私たち(人間)は、たかが欲張りの サルにしかすぎない」と述べていたのは、一匹のオオカミと10年間暮らした哲学者、マーク・ローランズ(※)だ。曰く、人間はサル的動物であると。サルは、人生にとって 一番大切なものを、自分に対する利益ではかる。目に見えるもの。 物質、利益、コスト・・つまり、対費用効果だ。 その為に、陰謀を図り、共謀し、相手を欺き、利益をあげることで 文明を築いてきた。確かに優れた 芸術、文化、科学、真実は存在するが、その偉大さを生む知性の核心には 邪悪さと狡猾が潜んでいる。 しかし、オオカミにはそのような邪悪さは一切ない。彼らは計算をしない。 嘘をつけない。相手を欺かない。恐ろしいほどの運動能力があるが、その能力をちゃんと抑制してみせる・・・。この本を読んだとき、私は非常にその論に共感し、親オオカミ派になってしまったのだが、この本を読んでオオカミという生き物の見事さにますます惚れてしまった。しかし、どれだけ惚れても、私にはこのショーン・エリスのようにオオカミの群れに単身のりこんで暮らすことは出来ない。彼は「ウルフ・マン」とも呼ばれるオオカミにとり憑かれた男なのである。

幼い頃から英国の自然の中に育ち、人間よりもキツネにのめりこんでしまう少年だったショーンは、軍隊生活を経たのち、アメリカに渡ってネイティブ・アメリカンの管理するオオカミの生息地区に入り、野生のオオカミと暮らすという経験をする。この本には彼の半生がそのまま綴られているのだけれど、圧巻はやはりその2年間の記録だ。ショーンは寝袋一つ持たずに森の中に入っていく。そしてオオカミの取ってきた獲物を共に食べ、一緒に眠り、子育てまでつぶさに見る。いやもう、ほんとに人間超えてます。you tubeで検索して動画を見たのだけれど、そりゃもう人間離れしてます。どうも、ショーンは人間が苦手なんですね。彼は人間の世界にいるよりは、オオカミの世界にいるほうがしっくりくる。ショーン曰く。

「人間はオオカミに冷酷な殺人鬼の汚名を着せたが、本当の強さの源は武器を持ちながらそれを使わないことにある。人間があのような殺人能力を手にしたら、どれだけの人がそれを使わないだけの抑制力をもっただろうか」

オオカミは非常に家族を大切にする。彼らは自分の命を持続し、子どもを育てるための狩りはするが、必要以上の殺戮は決して行わない。しかし、ショーンも言うように、人間は少しずつ彼らの世界を切り取っていき、オオカミが長い間培ってきた世界のバランスを壊してしまう。その結果人間とオオカミの不幸な遭遇が起こってしまうのだ。こういう動物の世界のことを書いた本を読むたびに、もしかしたら人間はこの地球に一番不要な生き物なんじゃないかと思ってしまう。とにかく必要以上のものを欲しがってむやみに増殖して生態系を壊していくなんて、まるでガン細胞みたいだ。私も便利な生活を手放すことも出来ない、それこそ欲張りのサルの一員なのだから、偉そうなことを言う資格は一切ない。しかし、せめて動物たちの世界のバランスを壊すことだけはしたくないし、正しい知識を持たずに思いこみやイメージで安易な失敗をしたくないと思う。人間にとってはちょっとした間違いでも、動物にはそれが命取りになるのだから。ショーンが命を張って教えてくれたオオカミの生き方は、非常にまっとうで理にかなっている。最近とみにサル的な人間のあれこれがしんどいと思ってしまう中、この本はとても楽しい一冊だった。

私もショーン同様、一番心安らいで落ち着くのは、猫たちと一緒にいる時だ。彼らは言葉を持たない分、何の嘘も裏表もなく、今生きていることの喜びを全身で教えてくれる。この「今」を生き切ることは、やたらに先の繁栄ばかりを夢みて今をおろそかにする人間が学ばなければいけないことのような気がする。

2012年9月刊行
築地書館

(※)『哲学者とオオカミ 愛・死・幸福についてのレッスン』(マーク・ローランズ著 今泉みね子訳 白水社)

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