[映画] ソハの地下水道 アグニェシュカ・ホランド監督 

ナチ政権下のポーランドで、地下水道にユダヤ人をかくまった男・ソハの物語です。原題は「IN DARKNESS」。ユダヤ人狩りが執拗に行われる地上の闇(まさに、真の闇だった・・・)から逃れて、地下水道の暗闇に隠れるユダヤ人の人たち。彼らを、金のために匿った男が、少しずつ彼らと運命共同体のような絆を作っていく物語です。
この監督の眼差しのありようが、見ていてとても好ましかった。フラットなんですよ。人間は混とんとした存在です。一人の人間の中にも愛情や欲望や裏切りや嫉妬や悲しみや慈しみや・・・様々なものが溢れています。それは、どの時代に、どんな場所にいる人間でも同じだと思います。2012年の日本に生きている私たちも、1943年のポーランドに生きている人たちも、基本は同じ。平和な時には顕在化しない感情や行動が、見つかれば即射殺という極限状況の中で、膨れ上がったりしぼんでしまったりする、それが映画の中で描かれますが、この監督は「基本は同じ」という観点をずっとフラットに保ったまま、この物語を紡いでおられたように思います。だからこそ、彼らのおかれた状況が心底怖ろしく、ひとりひとりの心の動きが心に食い込んでくるのです。これらは、全く他人事ではない。普通の顔をして生きている人間が、ギリギリのところで選択肢を迫られたとき、何を選ぶのか。そこが胸に沁みました。
この物語の主人公であるソハも、金のためにコソ泥を働くような人間です。崇高な理想など持ち合わせてはいない。金のために動く男です。でも、彼は金のために人を救うことを選ぶ人間なんですよね。作品中に、ソハと旧知の間柄である将校が出てきますが、彼は金のためにとことんユダヤ人狩りをする。殺すことを選びます。それに比べれば、遥かにソハの方がまし・・・と現代に生きる私たちは簡単に思いますが、1943年のポーランドでは、ユダヤ人を殺すより、救う方がはるかに難しい。ソハも、とにかく苦労します。しかも、助けられている方も人間です。こっちはこっちで色々ある。不倫あり、裏切りあり、家族の内輪もめもあり。ほんとに、人間って、どこまで行ってもどうしようもないもんです。そこを、この監督は隠そうともせずにそのまま描きます。でも、そのどうしようもない暗闇の中から、小さく灯る美しいものが確かに生まれてくる。暗闇に灯る光の美しさに泣けました。
ソハは、そんな気のなかったところで、つい、ユダヤ人たちを助けてしまうんです。物資を手に入れようと地上にでたムンデクが、ドイツ人将校に殺されそうになっているところを、つい、救ってしまう。坑道の中で迷子になっている子どもたちを、送り届けてしまう。ギリギリのところで、彼は人に手を差し伸べるのです。その「つい」という、言葉にならない、利益にもならない行動こそが、もしかしたら人の一番ゆるがせに出来ない価値観そのものなのかもしれません。馬鹿なことしちゃったよなあ、ってその時の損得では思っても、心の一番芯にあるものが、ふとその方向に人を動かす。地下の暗闇に生まれて、すぐに死んでしまった赤ん坊を、ソハが埋葬するシーンがあります。そこで、映画館のあちこちから涙の気配が伝わってきました。「ああ・・皆、ここで泣いてはるんやな」と。あの時、映画館にいた人たちは、皆ソハの心に寄り添っていたんやなと思うんです。自分たちと同じ、弱さを持ったソハという男の芯から生まれて育ったものが、見るものの心を満たした。あの空気が、この映画の真価を物語っていたように思います。
あの当時、アンネ・フランクの一家を匿っていたミープさんは、自分は特別なことをしたわけじゃないと、ずっと言っておられたらしいです。何人もの人間を匿う、毎日の食料の買い出しだけでも大変な想いをしたことでしょう。その中で、一度たりとも迷いが生まれなかったかと言えば、決してそうではないと思うんですよね。あの当時、苦しみや葛藤を抱えながら、それでも、ソハやミープさんのように、ごく普通の人々が迫害されるユダヤの人たちを匿い続けた。それはもう理屈でもなんでもなく、そうせえへんかったらしゃあないねん、という心の声がさせたことだと思うんです。ギリギリの時に、自分の心の声がなんと囁くか。どこに自分を連れていくのか。そこを考えさせる映画でした。ラストシーンの青空が、心底美しく、目に沁みました。そして、ラストに映し出された「人は神の名をかたってでもお互いを罰したがる」(うろ覚えなので、そのままではないかも)という言葉にうなだれました。ほんと、その通りだわ・・・。
by ERI

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