くりぃむパン 濱野京子 黒須高嶺絵 くもん出版

私はパンが大好きで、一日2食はパンを食べます。とにかくパンなら何でも食べますが、一番好きなのは、昔からずーっとある地元の商店街のお店のパン。いつ行っても変わらない味で、品揃えも多少のリニューアルはあっても、基本同じ。アンパン、クリームパン、メロンパンは必ずある。甘い甘いコロネパンもね。こういう昔っからあるパンって、とにかく人を黙らせてしまう力があると思います。疲れたとき、欲しくなる。舌に馴染む味に、ほっとする。実は、そんなシンプルなパンほど、ほんとは作るのが難しいんじゃないかと思うんですが、この物語は、そんなくりぃむパンの細やかな味みたいに、プレ思春期の女の子の心境を丁寧につづった物語です。

一家9人、下宿している人も合わせて11人という大家族で暮らす4年生の香里の家に、ある日同学年の未香がやってきます。遠い親戚筋の未香は、お父さんの失業のために、一人で香里の家に身を寄せることになったのです。でも、美人で聞き分けがよくって、お手伝いもし、みんなにお小遣いをもらう未香が、だんだん香里はうっとうしくなります。そんなある日、もやもやした気持ちで、つい同級生の前でつぶやいた、未香への「守銭奴」という言葉が、あっという間にクラス中に広まってしまうのです。

聞き分けがよくてしっかりした子、というのは、ほんとは危なっかしいものなんです。この物語の未香は、自分の立場をよくわかっている子なのです。自分の家ではない場所で、居候させてもらっている自分。肩身の狭さを、「いい子」でいることで何とか埋め合わせをしようと必死なのです。大人は、そこをよくわかっているからこそ、未香を労わろうとする。でも、一度もそんな立場に立ったことのない四年生の香里には、そんな未香の気持ちはわかるはずもありません。みんなにちやほやされているだけのように見えてしまう。だから、つい、意地悪な気持ちになってしまう。幼いころから、父親のお金の苦労を見ている未香とは、感覚が違うのです。早くに大人びてしまった未香と、まだ子どものままの自分。その違いを慮るほどの人生経験は、香里にはまだないのです。

普通は、ここから一気に二人の関係が煮詰まってしまうものなのですが、香里の家には、回復力が備わっています。それは、五世代にもわたる家族が、たくさんいるところ。成り行きで、ひいばあちゃんのところで一緒に過ごしたり、下宿している志帆さんのマンガの話をしたり、いろんなシチュエーションで未香と触れ合う機会がたくさん生まれます。そこで、二人の間には共感が生まれます。未香と自分は違うけれど、ひいばあちゃんのところで過ごす時間は、ゆったりした「魔法の時間」だったこと。おんなじくりぃむパンを食べて、美味しい!と思えること。そんな、単純な時間を分け合うことで、香里は徐々に未香の心の内を知ることになるのです。分け合う、という大切な時間が丁寧に描かれているのが、とてもよかった。

「なんかさあ・・・生きるってせつないね」

小学校四年生の香里の口から出たこの言葉に、「ほんまやねえ」と答えそうになってしまいました。生きる切なさは、大人だけが感じるものではありません。子どもだって自分たちの切なさの中で生きている。彼女たちの人生は始ったばっかりで、いろいろあるのはこれからです。でも、生きることの切なさを分け合う友達がいるということは、いつ食べてもおいしいクリームパンを手にしているように、心強い。違う境遇を抱えてひとつ屋根の下に暮らす違和感から、友だちになるまでの時間を、細やかに描いた物語でした。その時間を支えるものを、この物語から子どもたちが受け取ってくれたらいいなと思います。

2012年10月

くもん出版

by ERI

 

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